第27時限目 友情のお時間 その36
今までの……いや、私の(形だけの)彼女になると言う前のほのかであれば、明らかに椎田さんを困らせるようなことを……まあ、たまには言ったかもしれないけれど、ここまで繰り返さなかっただろうと思う。
なのに、今日は椎田さんが明らかに困っていると分かっていても繰り返したことが理解出来なかったに違いない。
正直言って、私もほのかの行動理由の半分くらいしか意味が理解できない。
その半分も勝手な妄想ではあるけれど、どういう理由であれ寮生になったのだから、他の子とも仲良くして欲しいし、今後を考えて自分への依存度を下げるべき、と考えているだろうということ。
私たち3年生はもうすぐ卒業。
今までの椎田さんの行動を鑑みれば、きっとほのかと同じ大学に行くと言って聞かないだろう。
でも、もし何かのきっかけで行けなければ?
……私だって同じ。
当日、風邪を引いたら?
途中で事故に巻き込まれたら?
他にも――
「準」
「……あ、えっ? 何?」
いつもの如く、私が物思いに耽っていると、自分を呼ぶ声がして視線をそちらに向けた。
声の主は萌だったはず……だけれど、私以外の全ての視線は既にこちらを向いていた。
この事実から、言わなくてもどういう展開になるかは何となく想像がついていたからなのか、
「言いたいことは分かるんだけど……聞いて」
といつも通りの進行役を務める萌が片手で頭を押さえつつ言うほど、私は渋い顔をしていたらしい。
「……椎田さんの様子、見に行ってくれないかしら」
無理。
……と即答したかったのだけれど、よく考えると私たち3人……私、ほのか、椎田さんの関係を他の子たちは知らない。
そんな状況で――
「ほのか以外だと、仲が良いのって六名さんだと思うけれど――」
「図書委員で他の子より話すことが多かった。でも、彼女のこと、病弱だったっていうこと以外、何も知らない」
「――って感じでね。後は――」
「わ、私も昨日、す、少し話した……けど、い、今まで、椎田ちゃん、と話したの、さ、3回、くらい……」
「全然、話したことない」
「――で、私もクラス委員として、提出物とかの話をしたのが関の山ってところ」
最後に、萌たちのセリフを羽海がまとめた。
「まあ、つまり……ほのか以外だと、アタシたちの誰が行っても、多分部屋にも入れてもらえない程度の仲だろうから、1番可能性が高いのは準じゃないかって」
「……」
本当は私が行くのが1番事情を引っ掻き回すに違いないのに。
…………いや、待って。
椎田さんが私を、自ら自分の部屋に招き入れてくれる『最重要情報』を知っている。
ただし、このカードを切るというのは、この生活のみならず今後の人生も含めて、私が終わってしまう危険も孕むけれど。
もし、他の誰かが行って、彼女を慰めたところで、ほのかと椎田さんの間の亀裂は直らない。
荒療治とは分かっていただろうけれど、ほのかだって椎田さんとの仲を完全に断ちたいと思っていたわけではないはず。
だから、2人の関係を修復するには……こうするしかない、のかも。
どれくらい考え込んだのかは分からなかったけれど、私が、
「……分かった」
と答えたときに、皆が安堵の溜息を吐き、直後に、
「お願いします、じゅ……小山さん」
とほのかが下の名前で呼ぶのをやめたのが印象的だった。
そこは、別にいいのに。
決心が鈍らないように、私はすぐに立ち上がって、
「行ってくるね」
とだけ告げる。
「あ、椎田さんの部屋は私の部屋と工藤さんの部屋の間だから」
「うん、分かった。ありがとう」
そう言い残して、私は早々と着替えてその部屋の前に立つ。
すぅ……、はぁ……と1回深呼吸を。
そして、3回控えめにノックを。
「あ、あの、椎田さん。えっと……小山、です」
向こうから返ってくるのは無言。
ここまでは予想通り。
椎田さんにとってみれば、ほのかとの蜜月な関係を崩そうとした諸悪の根源みたいな相手なわけで。
この後に続く問いかけが”普通”だったら、聞き流されていただろうと思う。
でも、こう言えば”絶対に”椎田さんは無視できない。
「さっき、ほ……んん、元橋さんが言っていた男の子のことなんですが……私、それが誰か知っています」
扉の向こうは絶対に見えないはずなのに、はっとした椎田さんの表情が見えた気がした。
「そして、私が知っている限りの情報を……話します。ただ、扉越しでは、説明出来ないこともあるので、その……可能であれば扉を開けてください、お願いします」




