第27時限目 友情のお時間 その30
「寮では、こんな大きなテレビで動画が見られるんですね」
ちょっと前から習慣になりつつある夕食後の動画鑑賞会なのだけれど、繭ちゃんがタブレット端末をテレビに繋いで動画を流したら「ほあー……」と元橋さんが感心した声を上げた。
「どんな動画でも見られるんですか?」
「ね、ネット上の動画サイトであれば、どれでも……スマホで、撮った動画も、転送すれば見られる、よ」
「なるほどなるほど」
繭ちゃんの説明に繰り返し頷く元橋さん。
「テレビにはこういう使い方もあるんですね、全然知りませんでした」
一頻り感心した後、元橋さんは私たちを見回してから、少し控えめに主張をした。
「あの、それであれば大画面で見てみたい動画があるんですが……」
「な、なんですか?」
繭ちゃんの言葉に対して元橋さんは、椅子の背もたれを前にして座っていた羽海に視線を向けてから答えた。
「実は私、雨海さんが所属しているグループの曲をあまり聞いたことがなくて……良ければ聞いてみたいんです。どれかオススメはありますか?」
言われた羽海は目をぱちくりさせた後、腕を組んで考え込んだ。
「オススメ、オススメねー……うーん、難しいかなあ。歌ってる本人としてはどれも全力でやってるから、どれも推したいし。どっちかっていうと、その辺りはうちの曲を良く聞いてる子の方が良く分かってるんじゃない?」
「なるほど。ただ……」
少し躊躇いがちな元橋さんの言葉を遮るように、すっと手を挙げた人物が1人。
「あの……」
「智穂さん?」
少し驚いた様子で、元橋さんが椎田さんの方を見た。
あれ、元橋さんは椎田さんがLALALA・LOVERのファンであることは知っているはずなのに、何故そんな目を瞬かせているのだろう?
元橋さんもそのつもりで聞いたんじゃないのかな?
……とそのときは思ったのだけれど、後から気づいた。
椎田さんが|LALALA・LOVERのファンだということを知っている人は少ない……と思う。
仮に知っているとしても、元橋さんや昨日知った私と羽海を除いたら、比較的関わりが多い花乃亜ちゃんくらいだろうと思う。
昨日の夜のアレも、他の寮生は椎田さんに「羽海=LALALA・LOVERのリーダー」であることを説明するために歌ったということしか知らないし、そもそも元橋さんはそんなことがあったということすら知らない。
つまり、椎田さんがLALALA・LOVERを好きだということを、皆が聞いているこの場で言っても大丈夫? という心配をしていたのだろう。
そして、このときの椎田さんはそこまで考えていなかったのだろう。
「ほのかさんは明るいポップな曲が好きですし、デビュー曲の”スキのカタチ”とかがいいかもしれません。新曲の”愛さえあれば”もいいですが、ちょっとしっとりした曲ですが"夜のLoveCallは3度まで"も私は――」
いつもの落ち着いたトーンで、でも立て板に水と言っていいほどすらすらと喋り続けていた椎田さんは、全員の視線が集中していることに気づき、顔を赤くして、手で顔を覆った。
「……ふふっ、智穂さんがここまで生き生きと答えてくれるのは初めてかもしれませんね」
「す、すみません……」
ようやく、自分がやらかしたというか、暴露してしまったことに気づいたらしい椎田さん。
「し、椎田さん、LALALA・LOVER、す、好きなんですね」
「本の虫だと思っていたのだけれど、案外そういうのもいけるのね」
「わ、忘れてください……」
周りの子たちから意外性を指摘され、更に縮こまる椎田さんを見て、くすくすと笑いながら、元橋さんが、
「では、まずその3曲を流してもらえますか?」
と繭ちゃんにお願いした。
椎田さんチョイスの3曲、他のLALALA・LOVERの曲からSTAR☆PEACEの曲、羽海が出演しているドラマなどを皆で見ていたのだけれど、私が背伸びをしたところでふと視界に時計が入った。
「あ……もうこんな時間」
「本当ね。そろそろお風呂に入って、部屋に戻らないと」
そう言ってから、萌が立ち上がった。
……そう、お風呂。
「寮のお風呂、大きいですよね。きっと、寮生全員で入っても問題な――」
にこにこ顔の元橋さんが、そう言いながら私と視線を合わせた瞬間、一瞬はっとした表情になり、
「――い、ですよね。ええ、本当に……楽しみです」
と目が泳ぎ始めた。
それはそうなるよね、と。
だって、元橋さんは私が男だって知っているわけで。
なのに、全員でお風呂に入るとなるとつまり、まあ……そういうことで。
「そうね。夜も遅くなってしまったし、皆で入った方が効率的ね」
自分で振ってしまったとはいえ、萌まで話を拾ってしまったから、元橋さんは「あはは……」と困惑を混ぜた笑顔を見せた。
「ほのかさん、大丈夫ですか……?」
元橋さんの表情に気づいた椎田さんが心配してくれるけれど、
「え、ええ、大丈夫です」
と元橋さんは笑って返した。
……さて、どうしよう。




