第27時限目 友情のお時間 その24
「あの子たちのことだから、多分今後も似たようなミスをするでしょうけど、その度に怒ってるだけでは誰の得にもならないわ。彼女たちかルールか、根本的に見直さないといけないわけ。それに寮生が増えて、色々問題が出てきたからこそ、見直しをする良い機会でもあると思ったのよ」
「猫ちゃん、増えてるし、そういう柔軟性も、大事だよね」
よくテオを撫でに来る繭ちゃんがニコニコしながらそう言うと、萌が溜息を漏らしつつ言った。
「ただ、そう単純な話でもないのよ。飼い主の部屋を出ても良いとしたら、勝手に他の子の部屋に入り込むこととか、倉庫の中に入り込んでしまって見つからなくなっちゃうケースとか、最悪の場合は寮の玄関を開けた瞬間に、外に出てしまうというおそれもあるのよ」
「……そっか」
そういえば、かなり前に正木さんの飼っている猫が寮に入り込んでしまったこととかもあったし、そもそもテオが来たのも家からこの寮まで来てしまったのが原因だった。
何故、テオが自分の家ではなく、1度も来たことがないはずの、私の居る寮に来たのかは未だに謎が残るけれど、何にせよ飼い猫が1匹で外をうろうろすることは危険だというのはよく分かる。
「更に、勝手に入り込むだけじゃなくて、部屋の中で糞尿をするかもしれない。建物の柱は爪とぎで傷だらけってなるかもしれない。そう考えると、色々と問題は山積みよ」
「……」
リスクを十分に理解していた上で、萌は譲歩すると決めた、ということがよく分かる。
「峰さんはさておき、真白さんは特に自分の感情を優先しやすいから、こうやって人を説得することとに頭を使うのは初めてかもしれないわ。それに、いつも喧嘩ばかりのあの2人が同じ目的のために頭を捻るというのだから、それはただの“大手を振って猫を飼える”という話には収まらないメリットがあるでしょうね」
「……なるほど」
正直、私にはそう言う以外に思いつく言葉がなかった。
何か、私が考えている以上に萌は色々考えていて、やっぱりこう……経営者とかに向いているのかもしれない。
「ということで、これからが大変よ。あの2人のことだから、周りの寮生のリスクも考えずに、自分たちの好きなように書いてくるでしょうから、修正とか妥協案とかも考えなきゃいけないわね」
「でも、萌ちゃん、ちょっと、楽しそう」
繭ちゃんの言葉に、苦笑を返した萌。
「……ま、こういう忙しさは昔から慣れてるから。っていうか、彼女たちの案の修正は全員でやるのよ。私だけに任せたら全部却下するから」
「ひどーい」
「当然の話でしょう」
そんなやり取りをきっかけに、小さな笑いが広がったけれど。
「……あの」
笑いが落ち着いた頃、いつもの静やかな声が響いた。
その声の主はやっぱり椎田さんで。
「何? 椎田さん」
「えっと……寮って普段から、こういうことをしてるんですか?」
椎田さんの言葉に、私たち全員がしばらく固まって、その言葉の意味を考えたけれど、分からなくて花乃亜ちゃんが代表で答えた。
「こういうこと、ってさっきのお説教?」
「あ、いえ……その……」
ぽしょぽしょ、と椎田さんが言いにくそうにしているから、言われた萌自身が答えた。
「さっきのがお説教かどうかはさておき、普段はあんなことはしていないわ。今回はたまたまよ、ねえ?」
「うん。いつもは、皆で動画見たり、してるよ。ね?」
「だね」
萌が繭ちゃんに、そして繭ちゃんが私に同意を求めて、頷く。
「最近は特に、皆でSTAR☆PEACEの曲を聞いてることが多い」
「スター……ピース?」
華夜の言葉に、少し怪訝な表情の椎田さん。
「谷倉さんのお姉さんがボーカルをやってて……あ、どうせなら実際に見てもらった方が――」
私が説明していると、その言葉を掻き消しそうなくらいの大きな、お腹の鳴る音。
……誰のって?
ええ、私の。
直後、笑いの渦に包まれた。
そ、そういえば、咲野先生の話していたこととかが気になっていて、ずっと部屋に居たからまだ夕食食べてないんだった。
「何、準……まだご飯食べてなかったの?」
「あ、あはは……うん」
頭を掻きながら答える。
呆れ顔の萌は「そういえば」と椎田さんの方に視線を向ける。
「椎田さんはご飯は? もう食べた?」
「あの……まだです……」
「益田さんから説明は受けたと思うけれど、改めて食事の準備の説明をするわね。準も来なさい」
「う、うん」
そう促す萌に、私と椎田さんが付いていこうとすると、またどたどたと食堂に入ってくるみゃーちゃんと峰さんの2人。
「準も案を一緒に考えるにゃ!」
「猫好き同盟で考えましょう!」
「あはは……とりあえず、ご飯食べてからね」
そして、どたどた走ったことでまた2人は萌に怒られて……。
全く、今日も騒がしい夜になりそう。




