第27時限目 友情のお時間 その20
何と言うか……咲野先生は生徒想いが過ぎるところがあるとは思っていたのだけれど、まさかそこまで言っちゃうとは……。
益田さんも坂本先生も、咲野先生の説明に小さな溜息を吐くだけ。
私も色々とやらかしている手前、正直何も言えないけれど、咲野先生も結構トラブルメーカーだよね、ってちょっと思った。
「で、小山さんには……ほら、話してくるって宣言しちゃったからさ。他の子たちよりも先に説明しとかないといけないなーって」
眉尻を下げて、咲野先生がそう言ったから、私もどういう反応を返すべきか悩みつつも、
「……なるほど、事情は分かりました」
と結果については受け入れることにした。
ただし、それはそれとして。
「でも、彼女……椎田さんはどうするんですか? 本当に寮生として……?」
「そうするしかないだろう。まあ、寮の部屋がまだ空いているのが救いといえば救いか」
私の疑問に答えたのは腕を組んだままの益田さんだった。
「理事長にも話は通してあるから、そろそろ来るはずだ。まあ、とはいえ……何にせよ話はもう少し落ち着いてからにした方が良いだろうが」
「色々ありすぎて混乱しているでしょうし、とりあえず彼女のことは優しく見守りましょう」
坂本先生のまとめの言葉に、先生たちが頷いてから沈黙した。
「あ、あの……お風呂、上がりました……」
丁度、会話が途切れたタイミングだったからか、か細い声だったけれど、すっと全員の耳まで届いたようで、私たちは同時に声の方向を見た。
洗面所の扉を少し開け、顔を覗かせたのは椎田さんだった。
濡羽色という表現は別に濡れているときにしか使えないわけではないはずだけれど、肌に張り付く椎田さんの髪の深い艶は少し大人っぽさを感じさせた。
「ああ、上がったか。もっとゆっくり入っていても良かったんだが……まあ、落ち着かないか」
「すみません……」
「いや、謝ることはない。むしろ、キミが今、1番大変だろうからな」
バスタオル1枚の姿で、椎田さんが扉を開けた。
虚弱体質という割には……いや、うん、何でもないです。
とりあえず、話をするにしても何にしても、バスタオルのままでは風邪を引くだろうということで、持ってきた服にまず着替えて、いつもの眼鏡を掛けてから、椎田さんがソファに座った。
「それで、こういう状況にはなってしまったが、その……もし、必要であれば私たちが言って、お母様に改めて頭を下げて、家に戻るという手も――」
益田さんがそう切り出したけれど、その直後に椎田さんは折り目正しく頭を下げて、そう言った。
「いえ、大丈夫です。こちらでお世話になります」
「ん? あ、ああ……」
間髪を入れず椎田さんが答えたのを見て、ちょっと戸惑いを覚えた様子の益田さんだったけれど、寮長としての仕事を全うすることを優先したらしく、寮生活で必要な説明を始めた。
もしかすると、元橋さんが泊まりに来る予定もあるし、丁度良かったという思いもあるのかもしれない。
「……ということだ。だが、まあ今日はもう遅いし、定期的に掃除はしてあるが、何だったら今日は寮長室で――」
「いえ、寮の部屋で構いません」
声は密やかに、でもはっきりとそう答えた椎田さん。
「……そうか、分かった。夕食はもうとったか?」
さっきまで、しっかりと回答していた椎田さんがちょっとだけ言葉に詰まる。
「いえ、その、まだ……」
「あ、椎田ちゃん。もしかして、またちゃんとご飯食べてないの?」
俯く椎田さんに、咲野先生が身を乗り出す。
「……なるほど。咲野先生からある程度は聞いていたが、寮に連れてきたのは正解だったかもしれないな。食べられる範囲で構わないから、ちゃんと3食食べること。良いかい?」
「は、はい……」
そう言って、益田さんが鞄を持った椎田さんを連れて、寮長室を出ていった。
残された私たちはそれを見送っていたけれど、
「……とりあえず、今日のところはおしまい!」
と咲野先生がポンと手を叩いて笑った。
「で、小山さんはそろそろ寮に帰ってもらわないと」
「え? はあ……まあ、もちろん部屋には戻りますが……」
帰ってもらわないと、ということはつまり邪魔という意味……?
そんなに言われるようなことしたかな? と思ったら、隣で坂本先生がくすくすと笑い出した。
「え、どうしたんですか?」
「いえ。小山さんに早く帰って、と言ったのはこれから真弓ちゃんが真雪ちゃんに怒られるから、その姿を見られたくないって話ですよ」
そう言った坂本先生の言葉を補強するように、寮長室の扉がノックされ、部屋に入ってきた理事長さんが、
「……咲野先生?」
と青筋を立てて、明らかなお怒りモードになっているのを確認した私は。
「……失礼しました」
助言通り、お説教の嵐に巻き込まれる前に退散することにした。




