第26時限目 競争のお時間 その63
振り返って顔を見ても、やっぱり目の前には知らない子が居た。
……いやホントに、どこのどなた?
「私、3のBのアンカーやってた、神坂っていうんだけど。よろしく」
「あ、はい、よろしくお願いします」
神坂さんという女の子が差し出された手を握る。
そういえば、最後に追い抜いた女の子の髪型はこんな感じのショートというかボブカットというか、そんな感じだった気はする。
「もしかしなくても、真帆が言ってた小山さんって貴女のこと?」
「ええ、まあ……多分」
というか、真帆……陸上部でそんなに私の話をしてたの?
出会ってすぐの頃に勧誘された記憶はあるけれど、すぐに諦めたと思っていた。
いや、もしかするとその1回を、たまたま神坂さんが覚えていただけかもしれないけれど。
「さっき他の子から動画見せてもらったけど、とてつもないスピードで追い上げてきてたし、真帆が陸上部に勧めたがってたのも凄く良く分かった! 負けたのはめちゃめちゃ悔しいけど、あれは仕方がないって」
ニコッと笑って、神坂さんはぶんぶんと握った手を上下に振る。
……ちょっと怒ってる?
それとも、言葉通りで受け取っていいのかな?
「真帆が1番手だって知って、何で? って思ってたんだけど、そりゃこんだけ強い子が後ろに居たら、スタートダッシュを頑張った方が良いよねって」
「あはは……ありがとうございます」
真帆の友達みたいだし、素直に褒められているようだから、私も素直に謝辞を述べる。
「小山さん転校生なんでしょ? うちのクラスに転校してくれれば、めっちゃ楽勝だったのになー」
”立て板に水”という言葉を思い出す程度には、淀みなく喋る神坂さん。
多分、悪い子ではないのだろうけれど、思ったことをストレートに言っちゃうタイプだなあと思いながら話を聞く。
「特にさー、ほら、小山さんの前の子、バトン落としてから固まってたじゃん? 小山さんは転校生だからあまり良く知らないかもしれないけど、あの子って結構な問題児でさー」
「……」
沈黙する私に、神坂さんは両の手のひらを空に向けたまま続ける。
「練習も全然出てないんでしょ? ホント、大変だったよねえ」
多分、私を労っているつもりなのだろう。
谷倉さんと出会った頃であれば、聞き流す程度には話を聞けたかもしれないけれど。
私の変化に気づかない神坂さんの言葉はまだ続き……そして。
「“あんな子”の尻拭いを――」
「私は!!」
「……えっ!?」
神坂さんがまだ“そういう物言い”を続けようとするから、私は大声で遮った。
「彼女が頑張っていたことを知っています! 確かに、バトンパスの練習は不足していたと思うし、もっと一緒に練習出来ていれば上手くいったかもしれない、けど!」
「あ、あの……」
「それでも! 彼女はずっと1人でも練習して! 今日、最高の走りを見せてくれたんです! そんな谷倉さんだから! 私は絶対に勝つって決めたんです!!」
徐々に声量が上がって、何となく周囲から視線を集めているとは感じていたけれど、それでも止めない。
「そんな彼女のことを馬鹿にするなら、私は――」
「あー、はいはいストップストップ」
一際声が大きくなったところで、見知った顔が私に待ったを掛けた。
「準が友達想いなのは分かったから、抑えて抑えて」
私の様子を見て、戻ってきたらしい真帆が目を伏せて言う。
それから、目の前の彼女……神坂さんに向き直って、溜息混じりに言う。
「千波。あの子って、準の友達なの」
「…………!?」
無言で目を見開く神坂さん。
「ってか、むしろうちのクラスでまだ準の友達じゃないのって誰が居る? ってくらい、半年くらいで“たらし”てるワケ」
「いや、“たらし”てるって……」
私がどう言い返すか考えていると、苦笑しながら真帆が神坂さんの肩を叩く。
「まー、とにかく。謝っといた方が良いよ、マジで。友達のことを悪く言った、その子のお母さんをちぎって投げたりするくらいだし」
「ちぎってないし、投げてもない!」
多分、都紀子のことを言っているのだろうけれど、いくらなんでも大袈裟な真帆の言葉に、私は訂正を加えようとしたところで、神坂さんが発言した。
「え……あれ、マジで? ごめんなさい。私、てっきり色々あって、転校生だからって緩衝材的な意味で小山さんが選ばれてたのかと思った」
「……もしそうだとしても、私はそういう言い方は好きではありません」
きっぱりと言い返すと、神坂さんは「う……」と詰まってから、
「とにかく、ごめんなさい!」
と頭を下げた。
「いえ、私じゃなくて、谷倉さんに――」
「あのっ、小山さん! 早く行きましょう!」
いつの間にか戻ってきていた谷倉さんが、私の腕を引っ張っていく。
「え、ちょっ、谷倉さん?」
「早く、行きましょう!」
何か、凄い力でずんずんと引っ張っていく谷倉さんに連れられて、私はその場を離れた。




