第26時限目 競争のお時間 その52
谷倉さん、私のことを男だって知らないよね?
知らないはず……え、実はライブハウスの楽屋で、谷倉さんも話を聞いていたとか!?
そんなことは……あれ、本当に!?
いや、それとも女の子同士ではこういうの、普通なの!?
混乱する私をよそに、谷倉さんは笑って続ける。
……でも、その笑顔も満面の笑みではなく、ちょっと混乱気味の目をしていたりする。
「実は私、他の人よりもちょっと体温が高いらしくて! 湯たんぽ的な感じで、いかがでしょうか!?」
いかがでしょう、と言われましても……。
確かに少し秋も深まってきて、テオも私の布団に入ってきたりということも増えてきたけれど、そういうのとはちょっと……いや、かなり違うよね!?
「あ、あの、そういうのは……」
谷倉さんの行動に、私がたじたじとなっていると、谷倉さんがちょっと気落ちした様子を見せた。
「そ、そうですよね……やっぱり、友達同士でも、そういうのっておかしいですよね……」
「い、いや、私もそんなに詳しいわけじゃないんだけど!」
そう前置きしつつ、
「その……谷倉さん、無理してない?」
と尋ねてみた。
学校に居たときの谷倉さんとここ最近の谷倉さん、どっちが自然だったか? と考えると自ずと答えは出るだろうと思う。
「……」
ようやく体を起こして、谷倉さんがしゅんとしたまま、布団の上で足を崩して座った。
まだ座布団は残っていたから、部屋に入った私はそれを敷いて、ベッドの上の谷倉さんの前に座った。
「その……今回、小山さんに色々助けてもらったので、何かお返ししたいと思っているんですが……何も思いつかなくて……」
「なるほど……」
その気持ちは嬉しいのだけれど。
「本当に……小山さんのお陰で色んなことが出来て……でも、私には返せるものが思いつかなくて。それで、小さい頃にお姉ちゃんと一緒に寝てたとき、真理ちゃんは温かいねって言われてたから、もしかしてって」
「な、なるほど……?」
何かしら感謝の意を伝えようとしてくれたことは理解できた。
そして、小さい頃っていうのは文字通り幼稚園とか小学校とか、幼少期まで遡ってまで感謝の方法を考えてくれたのもありがたい。
ただ、谷倉さんはその……勉強はそこそこ出来るみたいだけれど、常識というか、友達付き合いが不足しているせいか、距離がバグっているのではないかな。
……いや、うん、人付き合いの不足なんて、友達が全然居なかった私が言えることか? と自分自身でも思ったけれど!
ただ、何にせよこのままだと谷倉さんをがっかりさせるというか、落胆したままで帰ってしまう。
何かしらのフォローは……あ。
「こほん……谷倉さん。1つ重要なことを忘れてるよ」
「重要なこと……?」
私が神妙な表情で頷く。
「体育祭、実は来週に迫ってるよね?」
「は、はい!」
谷倉さんも神妙な表情になって頷いた。
「そこで、私たちはクラス対抗リレーという重要な任務があります」
「それはそうです!」
最初は、私への対抗心で谷倉さんはクラス対抗リレーに参加すると宣言していたけれど、今はそういう気持ちは多分ないと思う。
だからといって、リレーのメンバー決めがなかったことになるわけではないし、闘争心がなくなってしまったからクラス対抗リレーは頑張りませんでした、ではクラスメイトにも申し訳が立たない。
「そして、私としては皆でリレーに勝った! っていう達成感が欲しい」
これは嘘ではないし、本心。
言うタイミングが明らかに誤魔化すためにしか見えないけれど、でも本当に……皆で勝ちたいとは思っている。
そのために練習もしているのだし。
「だから、私としては全力で一緒にリレーに参加して勝つ! というのに協力してくれる方がいいなって」
「……」
何かを考え込む谷倉さん。
それから、谷倉さんは私の言葉に首肯してくれた。
「分かりました」
良かった、分かってくれ――
「つまり、リレーが終わるまでは全力で練習に集中して、その間にもっと良い感謝を伝える方法を考えろということですね!」
「うん……うん?」
「そうしたら、お兄ちゃんとお姉ちゃんにも相談して、決めます!」
あれ?
なんだか、もっと厄介なことになった気がする。
「あの、だから、体育祭を頑張ってくれるだけで――」
「体育祭、頑張りましょう!」
「あ……うん」
あれ、伝わってない?
それともまさか……谷倉さん、分かってて聞いてないフリしてる……!?




