第26時限目 競争のお時間 その47
ライブに参加するのは初めてだったけれど、一言で表現するなら“痺れた”だった。
狭い空間での一体感。
体を貫く音楽。
合間合間の、ちょっとおとぼけな感じのマイクパフォーマンス。
クラシックコンサートのように、静かに音に耳を傾けるのとは対極の、全力で音楽を楽しむ感覚があまりに新鮮だった。
そういう“新”が多すぎるからか、私の脳で全然処理しきれなくて、とにかく「凄い」という言葉しか発せないくらい語彙力が低下する体験だった。
……同じ“新”でも困惑ばかりの“新”もあったけれど。
動画サイトを開いて、皆で聞いたあのEVOLUTIONだって間違いなく良かったはずなのに、ライブに参加した今の私は比較するのも躊躇われるほどの感情に流されていた。
そんな空気に酔っている私をよそに、ライブはトントン拍子というか予定通りに進む。
MCでは最初ガチガチだった谷倉さんも少しずつ慣れて、笑顔で掛け合いに参加すら出来るようになっていた。
それは、最初こそ谷倉さんのギター演奏に半信半疑だったライブの参加者が、谷倉さんの演奏を聞いてその上手さに納得し、全力で体を揺らしながらノってくれるようになったからこそだろう。
そして、自分で作った”そういう環境”が谷倉さんの緊張を和らげ、能力を高めて……つまり正のループが作り出されてるのだろうと思う。
お陰で、あれだけ悩んでいた“Moon Love”のラストの難しいところもあっさりクリアして、本気かどうかは分からないけれど、直後のMCでステージ横から出てきた篠谷さんに「もうギターの演奏でMARIちゃんには敵わないっす……」と言わせたほど。
「……案外、あいつに合ってるのかもしれねえな、こういうの」
「かもね」
ステージ上で輝く谷倉さんを見て、ぽつりと零した星歌の言葉に同意する私。
きっと彼女は回り道をしていただけで、いつかはここに辿り着くのが……まあ、言うなれば運命みたいなものだったのだろうと思った。
「それじゃあ、これで最後の曲だ」
ステージから美歌さんの元気な声が降ってくると、途端に「えーっ!」と残念そうな声で押し上げる参加者たち。
「俺も残念だが……終わりがあるからこそ、楽しいんじゃねーか。だからこそ、最後まで全力で行くぜぇっ!」
そう叫んだ美歌さんと始まる演奏。
「もう終わりかー……」
ホロリ……と涙までは流さずとも寂しそうな表情の晴海、その隣の桜乃さんも名残惜しそうな顔をしていた。
皆、思うところは同じ。
私だって、普段とはまた違った音楽の楽しみ方を知って、もっと聞いていたいって思ったのだから。
最後の曲『だからこそ』はどこまでも王道な歌詞で、いわゆる出会いと別れがあって、離別をバネに頑張ろう、そして大きくなったらまた会おうといった感じの、締めには最適の曲だった。
演奏が終わって、割れんばかりの拍手。
「皆、サンキュー! これで今日のライブは終わりだ! じゃあな!」
それだけ叫んで、4人……1度、舞台袖から篠谷さんが出てきてから、STAR☆PEACEのメンバーたちが帰っていく。
「アンコール! アンコール!」
「うわっ! びっ……くりした」
余韻に浸るにはあまりに爽やかな結末だったから、そういうものなんだなあと勝手に思っていたのだけれど、突然晴海が大声を上げ、周囲の人たちもアンコールを叫ぶ。
「そっか。演劇だとカーテンコールがあるけど、ライブだとアンコールなんだっけ」
「ああ。多分だが、最後にEVOLUTIONでも歌って終わるんじゃないか? 敢えて1曲目に持ってきたのもそれが理由だろうし」
「へー」
私が感心すると、
「……いや、1曲目に持ってきた理由が本当にそうかは知らねーんだけど」
と個人的な解釈だったと補足する星歌の言葉が終わるか終わらないかくらいで、ステージ上にまた4人が出てきて、会場からもまた歓声が沸き起こる。
「……仕方ねーなあ。そこまで言われちゃあ、もう1曲くらいは……歌うかぁ!?」
再度、割れんばかりの拍手と口笛。
それが収まったところで、美歌さんが何故かちょっと小声になった。
「ところで……実はな、今日はスペシャルゲストが来てたりするんだ」
美歌さんの言葉で、ライブ会場にまた少し毛色の違ったざわめきが広がる。
「是非とも1度聞きに来てほしいってオファーを続けてたら、なんと今日来てくれてんだよ! 誰でも知ってる、あの人だぜ?」
「もしかして、さっき言ってた人のことかな?」
ステージ上の美歌さんの言葉に、私が3人にこそっと聞くと、
「多分、そだねー」
と晴海が真っ先に答えた。
「でも、そんなスペシャルゲストをこのタイミングで紹介するってのも随分じゃないかい? もっと先に紹介した方がいいと思うけど……」
桜乃さんの言葉に、首を横に振った星歌。
「いや、事前に教えると何が何でも乗り込んでくるやつとか居るかもしれねーから、敢えてこのタイミングだったのかもな」
「かな」
事情を知らない私たちが考えたって仕方がない。
ステージの方を改めて向く私。
「そして、なんと……このアンコール1曲だけ、セッションしてくれることになった! ただし、撮影は禁止だぜ? もし、撮影とかネットで拡散でもしようもんならその時点で演奏は中止だ! 皆、約束守れるよな? スペシャルゲストとのセッション、聞きてぇよなぁ!?」
誰がスペシャルゲストなのかが分からないけれども、それでも参加者は拍手や歓声で応える。
「よっしゃ、じゃあ呼ぶぞ!」
舞台袖から出てきた人物……いや、正確にはその人の紹介をしている途中から場が沸き始め、その姿が露わになると、場の雰囲気は最高潮となった。
「sound of the seaのミチルさんだぁ! どうぞ!」
今までも鼓膜がどうにかなってしまうんじゃないかって思うくらいの声が会場に響いていたけれど、それを更に凌ぐ声量が耳に飛び込んできた。
「おおおおおおっ! マジだ! ホンモノだ!」
「モノホンだよ、星っち! こやまん! さくのん!」
「ま、まさかこんな近くで見られるとは……!」
感動している3人の横で、私は急速にハテナを増産し、そして――
「えっ……????? ど、どういうこと!?」
1人……いや、実は似た状況に陥っているのはもう1人、ステージ上に居たのだけれど、とにかく皆の盛り上がりとはほぼ正反対で、状況が飲み込めていない私はただただぽかーんとするしかなかった。




