第26時限目 競争のお時間 その46
ステージにはまだ美歌さんしか立っていない。
「今日は俺たちのライブに来てくれてサンキュー。ただ、先に言っておかなきゃいけないことがある」
不穏な美歌さんの言葉で、俄に会場がざわつき始める。
「SHIDURUのやつがバイクで事故っちまった」
直後、悲鳴や困惑の声が広がった。
「命に別条はないんだが、今日はギターが弾けねえ。その代わり、今日は新しいギターが参加してくれんだ。んじゃ、全員集合!」
そう言って、舞台袖の方に向かって美歌さんが腕を振る。
最初にスティックを持った浅宮さんが出てきて歓声、片腕を吊った状態の篠谷さんが出てきて溜息、その後に少し俯きがちに出てきた谷倉さんに再度ざわつき……とライブの参加者の感情は目まぐるしく変化し、とても忙しそうだった。
美歌さんはマイクを持って、篠谷さんの隣に立って、MCを続ける。
「まあ、こんな感じでな……ギターどころか日常生活でも結構大変な状態だ。で、その隣に立ってるこの子が――」
そこまで言って、美歌さんが谷倉さんの肩を引き寄せ、
「今回、ギターを弾いてくれるMARIだ。ほら、自己紹介」
とマイクを渡す。
ぎこちない笑顔で谷倉さんは、
「あ、あの、たにっ……いや、MARIです。よ、よろしく……お願いします。ら、ライブは初めてなのですが、が、頑張ります」
そう言った谷倉さんの言葉に再びどよめく参加者たちだけれど、その反応は圧倒的多数でマイナスな方向の声色。
で、この後は美歌さんが軽く話を繋いでから、有無も言わさずに曲に入る……という手筈だった。
少なくとも、私たちが喫茶店で時間を潰しに行く前の打ち合わせではそう言っていた。
だから、私は少しも疑わずにまたマイクを握った美歌さんの言葉を待った。
「……SHIDURUのギターを聞きに来た子たちには悪い。もし、どうしても許せねえってんだったら、今から帰ってもらっても良い。もちろん、これから帰るなら、後日になっちまうがチケット代はちゃんと返す」
「……えっ?」
もしかして、私たちが出ていった後に変わった?
そう思って、ステージ上のメンバーを見ていると、浅宮さんや篠谷さん、谷倉さんまでが目を丸くしていて……どうもそういう様子ではない。
そりゃ当然といえば当然で、そんなこと言われたら、谷倉さんが自分のせいでお客さんを帰らせてしまったと思って、精神的に参ってしまう。
美歌さんがそれに気づかないわけがない……のだけれど。
「姉貴のやつ……っ!」
「美歌姉……」
「え? こ、小山さんは、な、何か聞いているかい!?」
横に居た3人も同じような反応で胸を撫で下ろした後、桜乃さんには首を横に振ってから、今にもステージの上まで上がろうとしている星歌の腕を掴む。
「なんだよ!」
流石に大声は出さなかったけれど、私たちのすぐ傍に居た人たちが振り向く程度の声で、星歌が言った。
「……もうちょっと、話を聞いてみよう」
「聞いてられるかよ!」
「美歌さんが考えなしに言うわけがない……と思う」
「だからと言ってなあ……!」
私が星歌を引き止めている間にも、ライブの参加者は出口にぞろぞろと向かっていく。
本当に、美歌さんは気づいていない……?
私の中でも疑念が晴れぬまま、帰りの列の先頭がノブに手を掛けようとしたところで、美歌さんがまた口を開いた。
「……だがな、お前ら。今帰ったら、一生後悔するぞ」
美歌さんの、その一言で全員の動きが止まった。
今まで聞いたことのない……威圧感があるわけでもないけれど、ぞくりとするような声音。
そして、畳み掛けるように美歌さんは続ける。
「良く考えてみろ。俺、毎回言ってるよな? 音楽、特にライブには一切手を抜かないって。皆が折角、時間も金も使って見に来てるのに、いい加減なことは出来ねえって」
参加者たちの声に「確かに」とか「そうだ」と同意するものが多くなってきたのが聞き取れるようになってきた。
「SHIDURUが怪我したのは1週間くらい前くらいだから、中止するには十分な時間があった。でも、それでも中止にしないって理由が分かるか? 分かるよなぁ!?」
煽るような美歌さんの言葉で、急速にライブハウス内の空気が熱を帯びる。
「…………ったく」
ようやく星歌も引っ張っていた腕を下ろし、それに伴って私も手を離した。
「それでもやっぱり許せねえってんなら、もちろん強制はしねえ。もし帰りたいってやつが居ても、そいつを責めないでくれ。責めていいのはこんな大事な日に怪我してきたSHIDURUのバカだけだ」
「ちょっ、バカは酷くないっすか!?」
志鶴さんが美歌さんに返した声で、ようやく会場に小さく笑いが広がった。
そして……結局、ライブハウスの出入り口はライブが終わるまで開かれることはなかった。
「……さて、それじゃあ腹が決まったなら1曲目……EVOLUTION! 行くぜぇっ!」




