第26時限目 競争のお時間 その45
視界に入った桜乃さんはドレス姿ではなく、黒のジャケットと白シャツ、丈が短めのスカートの組み合わせにチョーカーをしていて、ロックを覚えたての少女感がある服装だった。
「ああ、良かった。地図は連絡してもらったんだけど、ここで合ってるのか分からなかったし、1人でライブハウスに入るのはちょっと不安だったから、キミを見つけて良か……っ!?」
安堵の息を吐き出した桜乃さんは、笑顔のまま視線を隣の女子に向けた後、驚愕の表情で固まった。
つまり、さっきの谷倉さんとほぼ同じような状況。
「……あんだよ」
「あっ、いやっ、そのっ! た、確かに、そういえば、お、大隅さんの、お姉さん、だったね」
蛇に睨まれた蛙、とはこういうことかと思う私は苦笑していると、
「星っち、こやまん。リハ始まるから入ってーって……あれ? さくのん?」
と谷倉さんを送り届け、戻ってきた晴海が目をぱちくりさせた。
「……ああ、中居さんか」
「桜乃さんは私と同じで、美歌さんが招待してくれたんだよ」
「なるほー。じゃ、さくのんも一緒に、リハから参加で!」
「え? ……えええっ!?」
今度は桜乃さんの手を引っ張って、中居さんがライブハウスへ入っていくから、私と星歌も彼女たちについていく。
ライブハウスの扉を開けると、まだ練習中ではないらしく、ゆったりとした曲調の音楽が流れていた。
「……おっ、来たか」
初めて会った頃に着ていた、あの鎖ジャラジャラ系に似た服装でバッチリメイクされた美歌さんが、舞台の上から軽く手を上げた。
「こんにちは。あの、本日はお招きに与り――」
私がそうやって頭を下げ、隣の桜乃さんも倣って慌てて頭を下げるのだけれど、
「相変わらず固てぇなあ、小山。今日はライブを楽しむためだけに呼んだんだから、そういうのは抜きだ」
と闊達に笑った後、
「おっ、華奈香、ちゃんと着てきたか。似合うじゃねーか」
と舞台から下りてきた。
「あ、えっと……はい、ありがとうございます」
どうやら、桜乃さんのロック女子コーディネートは美歌さんアイデアだったみたい。
それはそうと、下の名前で呼ぶくらいには仲良くなってたんだなあ。
そんな美歌さんはこそっと何故か囁くように、私たちに言った。
「……そういえば、お前らには言ってなかったんだが、今日sound of the seaのミチルさんが来るんだよ」
「?」
私はその人を全く知らず、首を傾げたのだけれど、私の左右に居た3人は全員驚きの声を上げた。
「お、おおおい、マジか!?」
「え、あのミチルさん!? マジマジのマジ!? やばたにえん超えて、やばやばやばたにえんじゃん!」
「sound of the sea!? そんな有名人が何故……?」
周りの反応を見る限り、どうやら有名な人らしい。
「ああ。後で会わせてやるよ」
「え、私たちが同席してもいいんですか? STAR☆PEACE皆さんと会うためでは……」
「流石にサインとかは無理だろうが、挨拶くらいならさせてくれるさ」
その言葉を聞いて、3人は更にわいきゃいと騒ぎ出した。
桜乃さんが思わず星歌と晴海と夢中で話す程度には凄いことらしい。
ただ、私の場合は曲も知らないし、どんな人かも知らないから、むしろ会っても失礼になるんじゃないかなって思うけれど……折角機会を用意してくれるのであれば、失礼がないように曲くらいは聞いておこうかな。
そう考えた私は、事故で入院してたときにみゃーちゃんがこっそり電話とか出来るようにって渡してくれた、銀色の楕円形のイヤホン……というかヘッドセット? を取り出した。
あまりアクセサリを持たない私にとっては、今日みたいなときにはオシャレなアクセサリーとして使えるかな? とか思っていたのだけれど、本来の使い方が出来そう。
「sound of the sea 動画 再生」
イヤホンを耳に掛けて小さく言うと、自動で音楽が流れ始めた。
リハーサル中にスマホを見ることは難しいけれど、少しは曲を知っておかないと……と思いながら、音楽を流しつつステージも見ていると。
「おっまたせー!」
肩まで伸びたウェーブヘア、前髪をヘアバンドで留めたお姉さんが谷倉さんを押しながら出てきた。
その連れられてきた谷倉さんは結構ロックな感じのメイクと美歌さんとか桜乃さんに近いジャラジャラ系の服装に着替えさせられていたけれど、噂通りというべきか、最初から谷倉さん用に準備されていたのでは? と思う程度に服はフィットしているようだった、凄い。
「準備完了ー! いやー流石ワタシよねー、メイクまで含めてかんぺ……ん?」
出てきた女性は何故か私の方を見て、しばらく頭から足先まで見てから、
「……ごめんなさーい、ジロジロ見ちゃって!」
と言ってから、ぺろっと舌を出し、美歌さんの方へ向かっていった。
……何だったんだろう?
兎にも角にも、3人でリハーサルをした後、控室ではスタピのメンバーで真剣に打ち合わせを始めたから、私たちはひとまずライブハウスを離れて、近くの喫茶店で世間話をして、時間を潰すことに。
その間も、小さくバックグラウンドでsound of the seaの曲を流していたのだけれど、分かったのは歌唱力がとてつもないということと、曲調が少しスタピと似ている……というかスタピの曲がsound of the seaを意識して作られているんじゃないかって感じる程度には同じ空気を感じたこと。
まあ、そのsound of the seaというグループ? がいつ頃から活動しているのかは知らないけれど、それだけ有名なのだから多分それなりに長いのかな?
「よし、それじゃそろそろ準備するか」
「え? ……あ、ホントだ」
お喋りに花を咲かせていて、全然気づいていなかったけれど、もうライブ開始時間15分前。
ライブハウスに戻ると既に観客で満員。
男性の姿もちらほらあるけれど、参加者の7、8割くらいが女性のようだった。
そんな中に混じって、始まりを待つ私たち。
「よう、全員集まったか?」




