第26時限目 競争のお時間 その42
翌朝起きてすぐ、谷倉さんがまた娯楽室での練習に没頭し始めるのを見ていたら、私のスマホが振動した。
誰だろうと画面を見ると、星歌からコミューのチャットが入っているようだった。
『ちゃんと起きてるか?』
今日は土曜日で、まだ7時くらいだというのに星歌が起きていることにちょっとびっくり。
『起きてるよ。むしろ、星歌が起きてるって知って驚いてる』
『まあ、日曜はたまーに特撮見てるからな。これくらいの時間は余裕だぜ』
そういやドラゴンジャーだっけ? ああいうの好きって言ってたなあ。
……本当にたまーに、なんだろうか。
『なるほど。そういえば、今日は星歌も来るんだっけ?』
『ああ。晴海もな』
『そうなんだ。あ、そういえば彼女……桜乃さんも呼ばれてるし、結構クラスメイトが集まるね』
「小山さん! 何かありましたか!?」
どうやら私がスマホをずっと見ていたせいで、今日のライブに関する問題が起こったかと勘違いさせてしまったらしい。
「あ、ごめんごめん。何にもないよ。今日、楽しみだねっていうのと、クラスメイトが結構集まるねって話を星歌と……大隅さんとしてただけ」
「ああ、なるほ……あれ、お、大隅さんも来るんですか!?」
私の言葉に笑顔で頷いていた谷倉さんがぴたっと動きを止めた。
「え? ああ、うん。来るみたい。後、晴海……中居さんと桜乃さんも」
「…………」
みるみるうちに振動しだした谷倉さん。
「どっ、どうしたの!?」
「そ、それ、失敗したらヤバイやつですよね! 私が見に行ったのになんてザマだ、みたいな!」
「言わない! 言わないから! 星歌も怖い顔してるけど、そんな子じゃないから!」
さり気なく、怖い顔してるとか酷いことを言っているのはとりあえず置いとくとして。
私が来る前までの星歌のイメージがどうだったのかを聞いてはいなかったけれど、少なくとも品行方正ではなかったようだから、いわゆるヤンキーと言われるタイプの、目を合わせたら「あーん?」とキレられるイメージがあるのかもしれない。
ただ、少なくとも最近の星歌はそういうことはしない……んじゃないかな?
「というか、星歌とはあの練習の後に話をしたでしょ?」
「し、しましたけど、あれは小山さんが居たから……」
「いや、それは関係な……いかは分からないけど、今日も私は居るでしょ!?」
「いえ、後でこっそり、学校で覚悟しとけよとか言われたり……」
そう言った谷倉さんはまた恐怖に身を震わせていた。
しまったなあ……まさかこんなところにトラウマがあるとは。
「大丈夫だから。そんなことには絶対にならないから! 私を信じて!」
「……ほ、ホントに大丈夫ですか? 信じますよ?」
ちらっと上目遣いに谷倉さんが言うから「大丈夫だから」と答える。
「……わ、分かりました」
谷倉さんの言葉の後、少しの静寂を挟んで、コンコンと娯楽室入口の扉のノック音がした。
扉を開けると、
「ふ、2人とも……ごはん、出来てるよ」
と繭ちゃんがひょっこり顔を覗かせた。
「ああ、もうそんな時間? ありがとう。それで……どうする?」
最後の言葉は谷倉さんに。
「う……ど、どうしよう……」
練習は食事前までとする予定だったから、ここで食事に行ってしまうと、もう練習はおしまいという意味であり、十分練習し終えたと自分が納得した、という意味でもある。
うーん……と谷倉さんの唸り声だけが部屋に響いているけれど、この様子では全く決まる様子がない。
だから、私はこう言い放った。
「……よし! 練習やめよう」
「えっ!? あ、あのっ、でもっ!」
「で、ご飯食べてからどうしても練習したい曲があれば、1曲だけ練習する。多分、これ以上練習ばっかりしてたら、本番までに疲れちゃうと思うから。もし、どうしても不安な曲があるなら、食事後に1曲だけにしよう」
何となくだけれど、何処か谷倉さんとしてはまだ納得いかないところがある様子が見て取れた。
ただ、そこを完璧にするまで……となるともう本当にいくら時間があっても足りない、と思うから。
私の言葉に、まだ他の道を諦められない様子の谷倉さんだったけれど、それでもそれ以上の結論を導くのは難しかったようで、
「……わ、分かりました、そうします」
と最後には降参するように目を伏せてそう答えた。
「よし、じゃあ行こう」
私たちは繭ちゃんを先頭に、食堂へ向かった。
朝食は休日にしては少し早めだったから、ほとんど誰も居ない……と思ったけれど、まさかの全員集合。
「今日でしょ、ライブ」
少し眠そうな……いや、いつもこんな感じの腫れぼったい目だけれど、そんな華夜がぽそりとそう言った。
「ああ、うん。もしかして、皆で待ってたとか?」
「そう」
「で、当日だから、今日は皆で応援」
華夜の背後からにゅっと出てきた花乃亜ちゃんが言う。
「はいはい、先にちゃんとご飯を食べる! 話はそれから!」
いつもの仕切り役の萌が手を叩きながら、台所の方から現れたから、私たちは朝食が冷める前に手を合わせた。
「いただきます」




