第26時限目 競争のお時間 その40
ぱたぱたと足音を立てて出ていく谷倉さんの後ろ姿を見送ってから、
「……ありがとう、羽海。私じゃそういうの、全然助言出来なかったから」
と羽海に向き直って言った。
「別に良いけど、アンタは緊張するときとかなかったワケ?」
「緊張がなかったわけじゃないんだけど……」
そう言ってから、私はさっき谷倉さんに話したことを改めて説明する。
「ふーん、意外。アンタでも悩みとかあるのね」
「当たり前だよ!」
必死に言い返した私に、くすくすと笑った羽海はすっと表情を真剣なものに戻した。
「アンタは真面目すぎるから……悩んだらちゃんと言いなよ。聞くくらいはしたげるからさ」
「う、うん」
急に改まって言うから、思わず私も背筋を伸ばしてから頷いた。
「後、あの子も同じ……アンタなら分かるでしょ? 真面目過ぎるから、多分失敗したら……特に大舞台で、人前で失敗したらもう立ち直れなくなるタイプだよ、アレ。そんなときはアンタがお尻叩いてあげなさい」
羽海がそう言うから、私は首を捻る。
「私でどうにかなるものかな?」
「むしろ、アンタ以外の誰が叩くワケ?」
「いや、スタピの人たちとか……信頼してるみたいだし……」
私の答えに、さっきの数倍でっかい溜息が羽海の口から飛び出した。
「……準ってホント、なあんにも分かってない」
「え、ええ?」
そこまで言うほど!? と思った私に、羽海は鋭い目つきで、ずいっと顔を近づけて言った。
「そりゃあ、先輩の言うことは聞くでしょうよ。でもさ、それはあくまで先輩だからで上下関係、つまり言われたから“従う”の。でも、アンタは違う」
「そ、そういうものなのかな……」
ふんっ、と鼻息を飛ばして「そういうものよ」と言った羽海は明後日の方向を向いて、目を伏せながら言った。
「……きっかけは違うけど、アタシと萌が割と仲良いのも似たようなもんよ。芸能界ってほとんどが大人で、同い年ってか同じ立場で話が出来るのってメンバーくらい。でも、そのメンバーだって人気とかは競い合うわけで、必ずしも普通の友人じゃない。だから、フツーに喋れる相手って大事なの」
「……なるほど」
そして……だからこそ、未だに神谷さんを「なー」と呼んで、大事にしているのだろう。
「だから、何かあったときはアンタが尻を叩いてあげなさい。あの子が1番困ったとき、助けられるのはアンタしか居ないわ」
「確認だけど、羽海がそういう立場になるって可能性は?」
「ないわね」
ぴしゃりと言い放つ羽海。
「言ったでしょ。私は他人に施しとかしないって。ってかいつも忙しくて、アンタみたいに他人のこととか、いちいち構ってられないタイプなのよ。だから、他人の話に首を突っ込む気はないわ。私自身、他人からちょっかい掛けられるのも大嫌いだし」
「……」
そう言いつつも、私たちが困ってるときに助けてくれたよね、と喉元まで出掛かった言葉を飲み込んでから「それなら仕方がないね」と言い換えた。
「別に、アンタのやり方が絶対に間違ってるとは言わないわ。ただ、アタシにはアンタみたいな生き方は出来ないだけ。で、アンタもアタシみたいな生き方は出来ない、そうでしょ?」
ニッ、と笑う羽海に私も笑って返した。
「そうだね」
「だからこの話はおしまい。まあ、頑張んなさい。骨は拾ってあげるわ」
「拾ってもらう必要はないよ。谷倉さんなら出来る」
「へー、言うじゃん。じゃあ――」
「あ、あの……色々聞いてみたら、皆さんやってることが違って――」
何か言い掛けた羽海の言葉を遮って、スマホを下げた谷倉さんがしょぼんとした表情で戻ってきた。
その様子を見て、私と羽海は顔を見合わせる。
……これ、もしかして言われたアドバイスを全部消化しようとするのでは?
多分、同じことを考えたらしい羽海が、私のお尻……じゃなくて腰辺りを叩いた。
「……あー、えっと、とりあえず言われたことを全部する時間はないと思うから……」
叩かれた私はそう言ってから、部屋に戻ろうと谷倉さんを促した。
結局、なんだかんだ手伝ってくれるんだよね、羽海って……と思いつつ。
さて、それはそれとして谷倉さんがスタピの各メンバーに質問した結果が次の通り。
美歌さんは「とにかく歌って歌って歌いまくる」。
篠谷さんは「寝る。眠れなかったら外を走るか散歩する」。
浅宮さんが「友達と眠くなるまで電話する」。
「どれからやるべきでしょうか……」
ここで重要なのは谷倉さんの、「どれを」ではなく「どれから」という言葉。
本当に全部試すつもりだったらしい。
今から全部はちょっと……ということで、少しシンキングタイムを貰った私は谷倉さんに次のように提案した。
「練習は既にやるだけやったし、美歌さんの方法は試してるって言えるよね。後、浅宮さんの眠くなるまで電話は……後で部屋に集まって話をするのはどうかな? それで、篠谷さんの案は……」
そういえば、ここのところずっとライブに集中して、体育祭の練習が疎かになっている気もする。
体も若干鈍って……でも、さっきお風呂には入ったばっかりだし――
「あのっ、最近体育祭のリレーの練習も出来てないので、ちょっとだけ走りませんか!? お風呂は別に、2回目入っても大丈夫ですし!」
学校での、元気な調子で言う谷倉さん。
……それで少しでも気が晴れるなら。
「そうだね。よし、ちょっと走ろうか」




