第26時限目 競争のお時間 その36
「酷いですね! 私、絶対許せません!」
私の話を聞いて、谷倉さんが眉を吊り上げて激怒した。
「でも、それがなければ私はここに居なかったよ?」
「うっ……それは……」
ちょっと困った表情をする谷倉さんに、私は苦笑して答えた。
「ふふ、でもありがとう。あのときは本当に辛かったけれど、今はもう大丈夫だから」
自分の辛かったときの話は話せば話すほど辛くなるかもしれない……と思っていたけれど、むしろ救われている気がするのは親身になって聞いてくれる人が多いからだと思う。
だからこそ、改めて「ああ、転校して良かったな」と思える……性別のことさえ除けば。
「それでね、暴力的な方法とかで仕返しするのは駄目だと思うけど、今の私がやるなら……あの学校に居たときよりも幸せになることかなって」
「幸せに……なるほど、それ良いですね!」
拳を握って強く頷いた谷倉さんだったけれど、
「……でも、幸せになるってなんでしょうね……」
と真剣な表情で考え込む。
「んー……今の私で言うなら、学校生活を全力で楽しむことかなって。前の学校ではどの行事も楽しいと思えたことがなかったから」
「楽しむ……そういえば、私も高校に入ってから楽しいと思ったこと、全然なかったです。そっか、楽しいかあ……あ、そういう意味では今が1番楽しいです!」
谷倉さんが学校のとき……初めて会った頃のようなテンションで言葉を発する。
「凄く大変で、悩みもいっぱいありますけど……楽しいです! そうです、とっても楽し……ふあぁぁ」
自分の中でしっくりくる感情が見つかったらしくて、楽しいを繰り返していた谷倉さんの言葉に大欠伸が割り込んだ。
「あ、もうこんな時間か……私はそろそろ部屋に戻るね」
「あっ、はい! 後2日ですが……よ、よろしくお願いします!」
「こちらこそ」
何故か、座布団の上で正座した私たちは互いに頭を下げてから、部屋に戻った。
座布団は谷倉さんの部屋に残して。
多分、明日も使うだろうし、まだ座布団は私の部屋に2つあるから。
今日はもう寝ようとスマホを机の上に置こうと思ったところで、そのスマホが小さく震えた。
あれ、谷倉さんから何かあったかな? と思ったけれど、それならまた扉をノックすればいいだけだし……とスマホの画面を見ると、想像していたのとは別の人物からの連絡だった。
『夜遅くに申し訳ない。小山さんもSTAR☆PEACEのライブに来ると聞いたんだが、本当かい?』
詫び言から始まった電話口の声は桜乃さんのものだった。
「うん、行くよ」
『じゃあ、あの人……美歌さんに聞いたかい? ギターの人が怪我をしたけれど、最終的には代役が見つかったって』
思わず「知ってるよ」と言い掛けたけれど、下手に知っていると言うと勢いで今の状況の話もしてしまいそうだったし、先に知ってしまうよりも当日聞いた方が良いだろうと思って、知らない体でいくことにした。
あ、ちなみに桜乃さんと美歌さんは私の携帯を通じて連絡を取った後、ちゃんとコミューのID交換はしたみたい。
「そうなんだ。怪我は大変だけど、代役が見つかったのは良かったね」
『ああ。動画サイトで事前に聞いていたが……なかなかに良いギターで、生演奏が聞けないのは残念だけどね。しかし、あの破茶滅茶な人があれだけ歌が上手いとは思わなかったよ。小山さんはどの曲が好きだい?』
スタピ好きは口数が多くなるのかな? とか思いながらも、しばらく桜乃さんとやりとりをしてから、おやすみと締めてベッドに入った。
ちなみに、桜乃さんと電話中、とにかく待たされに待たされたテオが相当ご機嫌斜めだったので、要求されるがままに撫でまくって、なんとか事なきを得た。
そんなこんなで翌日も朝早く練習し、登校。
放課後はすぐに寮に戻って、再度練習に入る。
それと、学校に居る間に、寮生の子たちには話をしておいたけれど、今日の練習はとにかく集中したいから、昨日のような質問タイムは食事の時間でしてもらうようにお願いした。
もちろん、スケジュール上でもこの時間は少し長めに取るようにしている。
じゃないと、折角練習のために寮の部屋を借りたにも関わらず、十分な練習が出来ずに当日を迎えてしまうことになってしまうからね。
そんなこんなで、娯楽室での練習。
「あ、小山さん。おね……姉から昨日の質問に対する回答、来てました」
「どれどれ……?」
谷倉さんのスマホを見せてもらうと、
『動画付けといたから見て』
とだけ書いてあった。
あれ、思ったよりも淡白? と思ったのも束の間。
「に、20分……!?」
返信に付いていた動画の長さを見てびっくりした。
いや、確かに言葉での説明だけじゃ難しかったのかもしれないけれど、こんなに長い動画で返信するとは……。
想像以上に愛が重いようだった。




