第5時限目 合宿のお時間 その9
「そういやそうだねー。この建屋のどっかに余ってたりしないのかなー? あ、それか食堂とか」
片淵さんの言葉に私はあうあうと言葉を濁す。
「食堂……うーんと、それはやめた方が……」
「あー、やっぱ食事するところで文字とか書くのってヤバイんかな」
最近は私の布団の上をテオと共に占拠するのが多かったのだけれど、岩崎さんが乗ってしまったので、仕方なくベッドにもたれ掛かっていた片淵さんが立て膝しながら言う。
あの、スカートだから立て膝すると見えてしまうのだけど……と言いたいところだけれど、まあここには女の子しか居ないことになっているので無防備でも仕方がない。
「いえ、そうではなくて、あそこで勉強しているとおそらく太田さんが来るかと……」
「あー、そっか。そっち系のヤバイってことね、にゃーるほど」
片淵さんが納得して白い歯を見せた。
「ちょっと寮長さんに聞いてみます。確か物置があったはずですし、合宿の話も丁度良い機会なので」
「あ、わ、私も行きますっ」
正木さんが、立ち上がった私の後すぐをとことこ歩いてきたので、2人で食堂に向かう。前、これくらいの時間に益田さんは夕食の準備中だったし、いい匂いがするからもしかしてと思って食堂に来てみたけれど、食堂に姿は見えず。そうすると、夕食の準備が出来たから寮長室に戻ったのかな?
「えっと……あるかな」
トイレの隣にある物置の扉を開けようとしたけれど、無情にもガチャリという鍵の抵抗により扉は開かなかった。ここの鍵を持っているとしたら、やっぱり益田さんかな。
まあ、もし開いていて机が有ったとしても借りていいか尋ねなきゃいけないだろうし、何にしても益田さんを探すのは必要かな。
「寮長室に行ってみましょうか」
「あの、寮長室とは……?」
靴箱から靴を取り出した私の言葉に正木さんが首を傾げる。ああ、そういえば正木さんは知らないのだっけ。
「えっと、この寮の寮長さんが住んでいる建屋があるらしくて、そこが寮長室だそうです。今の扉の場所が物置だったと思うのですが、鍵が掛かっていて開かなかったので、寮長さんだったら鍵を持っているかなと」
「そんなところがあるんですね」
「はい。と言っても、存在を教えてもらっただけで、実は私もまだ行ったことがないんですが」
正木さんが靴を履くのを待ってから、2人で寮長室があると思われる道を進む。
「……あの、真帆のことは、多分戻ったらもう大丈夫だと思います」
毎度のことながら、女同士という体であるので、女同士だとどんな話題を振れば良いのかなと脳内で整理しながら悩んでいる私の隣から、先手を打って正木さんが話題を提供してくれた。
「そうですかね……そうだと良いのですが」
「大丈夫です、片淵さんが居ますし」
「片淵さんが?」
確かに片淵さんも部屋に残っているけれど、何故片淵さんが残っているから大丈夫、という結論に繋がるのかが私には分からないです、はい。
「こういうとき、片淵さんは凄く頼りになるんです」
「そうなんですか?」
言ってから疑問形で返したのは酷い言い草だったという気もしたけれど、でも何かあっても「そうなんだー」とか「良くあるよねー」とかで済ませてしまいそうなノリの子なのかなと思っていた。むしろ、相談相手というのはそれくらいの感じの方が良いのかもしれないけれど。
「私と真帆がケンカしたときとかも、片淵さんが仲を取り持ってくれて仲直り出来ることも結構あったんですよ」
「岩崎さんとケンカすることもあるんですか?」
私の言葉に少し照れたような顔で答える正木さん。
「はい、あります。たまにですが、言い合いになってしまうこととか」
「ちょっと意外です」
何となく言い合いをしている想像が出来ないけれど、多分言い合いとは言いながら、掴み合いに発展しそうな言い合いではなくて単純に「もう知らない、ぷん!」みたいなそういうレベルなんじゃないかなと勝手に想像して納得してしまった。
「そうですか? 私だってたまにはちゃんと真帆に言い返しちゃうんですから、ふふ」
いたずらっぽく笑っていう正木さんは、そのまま話を続ける。
「中学くらいでは私の方が先に謝ることが多かったんですが、高校になってからは私が謝ろうと思ったときにはいつの間にか真帆の機嫌が直っていて、むしろ先に謝られることが多いなあって思って、何故なのか真帆に尋ねたら、片淵さんが色々相談乗ってくれたんだって言ってました」
「片淵さんがですか……」
うーむ、やっぱり悪いけれどあまり想像が出来ない。
「ってあれ? 高校からは、っていうことは片淵さんとの付き合いは高校からですか?」
「あ、はい、そうです。言ってなかった……かもしれないですね」
微笑を浮かべた正木さんは、更に饒舌に続ける。
「……よく考えると、片淵さん自身がケンカしているところって見たことないです。太田さんはちょっと苦手みたいですが、あまり人を嫌う人でもないようですし、色んな人と仲良くやっている感じです」
「何だか、聞けば聞くほど聖人君子のような……」
「あはは、そうですね」
私の言葉に笑った正木さんは、少しだけ笑顔から真顔側に表情を寄せてから言葉を続けた。
「ただ、何というか、少しだけ距離を感じるというか……仲は良いのに2人で遊びに行くとかいうことはしたことがないんです」
「え? そうなんですか? じゃあ、岩崎さんと2人で遊びには?」
「何度もあります」
「うーん」
「片淵さんと遊びに行きたくない訳ではないのですが、お互い何となく遠慮してしまっているというか」
でも、確かに何となく正木さんと片淵さん2人で遊びに行くとして、何をしているのか想像はつかない気はする。
「片淵さんのお家にも行ったことがないです。結構門限が厳しいのと、電車で何駅か先だということみたいで、早めに帰らなきゃいけないとは聞いていますが、何処にあるのかも実は知らなくて」
「中々にミステリアスというか何というか……ですね」
「そうですね」
しかし、片淵さんとの関係がそんな形になっているとは知らなかった。正木さんが、岩崎さんは下の名前で呼んでいるのに、片淵さんは名字で呼んでいるから少し違和感はあったのだけど、なるほどと納得。
「とにかく、片淵さんが居るのできっと戻ったら真帆も機嫌直してくれていると思います」
「そう期待しましょう」
正木さんがそこまで言うなら大丈夫でしょう、きっと。




