第5時限目 合宿のお時間 その6
「お? もう帰ってきた。案外早かったじゃん」
私が教室の扉を開けると、授業中だった咲野先生がすぐに声を掛けてきたので、それと同時にクラスメイトたちの視線もこちらに向く。ああ、何かデジャヴ。
……1人だけこちらを向かない眼鏡の娘も居るけれど。
私に続いて、大隅さんと中居さんが教室に入ると、
「おお? 2人も戻ってきたんだ。珍しいこともあったもんだねえ」
なんて咲野先生が茶化す。
「なんだよ。授業に出させたいんじゃなかったのかよ」
反骨心むき出しの大隅さんが噛み付くけれど、そこは大人の女性の余裕からか、咲野先生は腕を組みながら意に介さない様子で答えた。
「んー、別に無理して授業に出てほしい訳ではないんだよね、って先生のアタシがそんなこと言ってちゃいけないんだけどさ。まあ、出席率ってのが学校にはあるから出なきゃいけないのはいけないけど、それよりも本当に分からないところがあれば分からないって言って欲しいんだよねえ、ホントホント」
咲野先生の言葉に即答する中居さん。
「はーい、全部分からないぽよー」
「はっはっは、そうかー。じゃあ、中居は居残りで補習ってことで」
「んぎゃぴー!? い、いや、こやまんが家庭教師してくれるから、アタシは遠慮しとくしー……」
冷や汗をかきながら言った中居さんの言葉に眼を1度丸くし、それからニヤリとしたうちのクラス担任。
「ほほー? 小山さんが大隅と中居の家庭教師するんだ? じゃあ、2人のことは任せた、小山さん」
「え? あ、 は、はい……? いや、授業はちゃんと……あの……」
空に浮かんだシャボン玉を捕まえるようなふわふわとした手つきと共に私が言い返そうとしたけれど、家庭教師をするという言葉で更に集まってきた周囲の好奇の視線に私は耐えきれなくなり、俯いて黙った。
……私、今更だけれど大変な約束をしてしまったんじゃ?
正木さんたちとも勉強合宿の予定を入れていたのに、この2人の勉強も見ないといけないというのはちょっとマズイんじゃなかろうか。
いや、マズイというのは別に自分の勉強への影響のことではない。どちらかというと他人に教えることで理解が深まるとも言うし、むしろ好都合かもしれないし。
問題は日程と自分の身の方。
多分、大隅さんと中居さんは休日まで勉強するつもりは無いだろうし、勉強を真面目にやる気は無いって言っていたからテスト前の1夜漬けとかになるんじゃないかと思う。正直、高校生の範囲で1夜漬けって結構厳しい気はするけれど、補習を免れるレベルまで得点が取れればオッケー、というのであればそれでもどうにかなるんじゃないかなとは思う。
だからGW中の日程は合宿しようって言っていた正木さんチームの方だけ気にしておけば良いと思うけれど、テスト直前になると正木さんたちも最後の追い込みを一緒、って話になるはず。そうすると、大隅さんたちのタイミングと同時になったり、昼は正木さんたち、夜は大隅さんたち、と1日中勉強漬けということもありうる。
中学の頃の予習復習をきっちりやっていた時期でも、流石に1日中勉強していることは無かったから、もし本当に1日ずっと勉強づくしだとちょっと体調への影響が正直心配かも。
本当は正木さんたちと大隅さんたち、合同で勉強会とか合宿とかしてしまえば良いのだけれど、園村さんや工藤さんにクラスの不和があると聞いていたし、まだ1ヶ月に満たないこの学校生活の端々からでも何となく感じ取れた。
それでも、ただ単純に皆と仲良くしたいと思うのは間違っているのかな。
……あ、そんなこと言っているくせに太田さんに冷たく当たったじゃん、とか言う過去を掘り起こすのはなしで! いつかは太田さんとも仲良くなりたいとは思うよ。出来るかどうかは……分からないけれど。
「まあ、とにかく席にちゃっちゃと座った座った。授業の続きしてるから、ちゃんと聞いときなー」
「は、はい」
「……」
「あーい」
三者三様の反応でそれぞれ席に座ると、うずうず感を抑えきれない表情で正木さんが小声の疑問文を私に投げかけてきた。
「あ、あの、どうでした? あの2人……」
「ええと、まあ、説得したら案外簡単に戻ってきてくれたというか……」
「そうなんですか。いつも先生とか太田さんが手を焼いていたあの2人とあっさり仲良くなってしまうなんて、流石です小山さん」
「いえ、それほどでも……」
というより、単純にあまりに大らか過ぎる咲野先生やあまりに厳しすぎる太田さんと大隅さんたちの反りが合わないだけのような。
「それで……ちょっと気になったんですが、あの2人の家庭教師をするとか?」
「ああ、その話ですか。まあ、成り行きというかなんというか……」
「成り行き、ですか」
「あ、正木さんたちと時間はちゃんと別に取ってやるので、合宿はちゃんと出られますよ」
慌てて私が言うと、首を振る正木さん。
「いえ、それは構わないのですが、小山さんが無理していないかなとちょっと心配になってしまって」
「ああ、ありがとうございます。大丈夫です、こう見えてもタフですから」
言いながら腕を捲くって見せると、正木さんが上品にはにかんだ。これで少し安心してくれたかな。
……とはいえ、女の子がするポーズじゃなかったような。




