第4時限目 変化のお時間 その15
「ど、どういうこと? 吸血鬼の正体が分かったの!?」
思わず声を上げてしまった私は、慌てて周りを確認し、誰も居ないことに胸を撫で下ろしてから、人目に付かないよう木陰に隠れる。確かに話が話だから、あまり周りに聞かれたくない、というみゃーちゃんの言葉も分かる気がする。
『あんなことがあったから、もう吸血鬼のことは考えるのやめようと思ったにゃ。でも、どうしても気になったから、前に準と桜乃が電話してたときの録音データを知り合いに音声分析してもらったにゃ』
「音声分析……?」
『そうにゃ。音声から喋っている人がどんな人かを突き止めるにゃ。桜乃のお母さんと同じように、人型ロボット関係のつてで音声合成をしている人が居るからお願いしたんだにゃ』
「渡部さんの声を作るような仕事ってこと? ……でも作るのと分析するのって違う気が……」
『そりゃそうにゃ。分析してくれた人は、元々警察で犯人の音声分析とかやってて、今度は自分で声を作りたくなったからって、今の仕事を始めたらしいにゃ』
「はー……なるほど」
そんな人と知り合いなんて、知れば知るほどみゃーちゃんの交友関係の広さに驚かされる。
「……ってあのときの電話、録音してたの?」
『そうにゃ。基本的にみゃーは後で何かに使えるかもしれないから、何でもデータは残しておくにゃ。だから、電話とかパソコンのデータも基本的に全て録音しているんだにゃ』
「そうなんだ。だからあんなに部屋が汚いんだね」
『デ、データのことで部屋は関係ないにゃ!』
みゃーちゃんは“物を捨てられないタイプ”の子なんだなあと思う。私はどちらかというと、要らないものはさっさと捨てて、必要なものだけ残したい方というのもあって、みゃーちゃんの部屋は片付けてしまいたい衝動に何度も駆られている。
『とにかく、それはさておきにゃ。さっき解析の速報が来て、少なくとも20代以下の若い女性の声だということまでは突き止められたにゃ』
「20代以下で女性……」
『つまり、準のクラスメイトということも十分あり得るということだにゃ』
「…………」
脳裏に浮かぶのは、やはり1人のクラスメイトの顔。考えないように、考えないようにしていたけれど、永遠ループの迷路みたいに思考が戻ってきてしまう。
『準』
「な、何?」
『教えて欲しいにゃ』
「……何を?」
『準が気になっている人が居るんだにゃ?』
「…………」
この場合の沈黙は肯定と同義。即座に「そんなことないよ」と答えられない自分の素直さに歯痒くなる。
……いや、ここで嘘を吐いても仕方がないと、何処かで思っているからかもしれない。
『思い込みは駄目だって言ったにゃ。でも、本当なら見ないふりは出来ないにゃ』
「……そうだね」
大きく息を吸って、吐く。覚悟を決めるために。
「1人だけ、見当が付いている人が居るんだ」
『やっぱりにゃ』
「私もまだ断言出来ない。でも、確率は高いと思う」
『それは誰にゃ』
みゃーちゃんの声も少し掠れ、上ずっている。
「それは――」
「だぁめ」
私が言葉に出そうとした瞬間。背後からふわりと柔らかな何かに包まれた。
「えっ……?」
絶対に私を離すことはない意志が感じられるくらいの抱擁力で後ろから抱きしめられ、私は首を後ろに回すことすらほとんど出来なかった。
そして同時に、突然のことに思わずスマホを落としてしまって、慌てて視線をスマホの方に向けると、私のスカートの陰から同じ柄のスカートが覗いているのが見えた。いつもの私なら、背後から押し付けられる体温と女の子特有の匂いにドギマギする方が先だけれど、それよりも先に思い当たったことが1つ。
――やっぱりうちの学校の生徒だった……!
でも、そんなことを考える余裕は直ぐに、私の全身の穴という穴から裸足で逃げ出した。
「んふ、バレたなら仕方がない。ちょっと黙ってて貰わないと」
私の首の右後ろをぬめり、と執拗に生暖かいものが這う感覚。一瞬、鳥肌が立つような恐怖と不快感があったけれど、すぐに快感と脱力感に見舞われて、私は腰砕けになった。
でも、背後の人物……いや、もし吸血鬼なら人と呼んで良いのかは分からないけれど、とにかく背後の存在は私をぎゅっと抱き上げて、無理やり立ち上がらせる。
確か、吸血鬼に襲われた人の証言で抱きしめられたというのがあったなあ、なんてことを頭の片隅で爪繰る感覚はあれど、短文的に何かを思い出す以外に脳が働いてくれない。これが、走馬灯というものなのかな。
電話の内容を聞かれないようにと、少し奥まった場所に隠れたのは失敗だった。……いや、でもさっきまで電話していたみゃーちゃんが……ああ、そういえば防犯ブザーを――
「ん、もう良いかな。じゃあ、頂きます」
ざくり、と嫌な音が耳に振動した。それは骨を伝わって、耳ではなく直接脳が音を聞いたんじゃないかってくらいにうるさく感じた。
痛……くはない。さっき、念入りに何かが私の首を這っていたから、それが麻酔みたいな効果があったのかどうかも、もう分からない。
急速に意識が失われていく中、私の背後から嬉々とした声が途切れ途切れに聞こえた。
「ああ…………しい!」
「……まらない! 本当に……子の中で……」
「…………? う、嘘……青く……!」
「この……じゃ……電……」
最後の記憶は、途中で私を抱き上げていた手が離れ、強かに体を地面に打ち付けたということ。ああ、コンクリートとかではなく草の上に落ちたのだけは救いだったかなあ、と思った瞬間に私の意識はゴム紐が引きちぎれたように落ちた。




