第4時限目 変化のお時間 その13
人の噂も七十五日とは言うけれど、そこまで経たなくても案外記憶というものはいい加減なもので、2週間もしたら私も吸血鬼の話は頭からすっぽりと抜けてしまい、
「ぬわぁぁぁぁん! 小山さんへーるぷ!」
「準にゃん助けて!」
と休み時間毎に泣きついてくる岩崎片淵ペアの対処に意識が向いていた。
というのも、後数週間で中間テストなる高校生にとっての鬼門が待ち受けているから。私ももう少し復習しなければならないけれど、前の学校で習った範囲が大半だから、根を詰めて勉強する必要はないかなと少し安心はしている。
「高校の数学って範囲広すぎない? っていうか難しすぎない!? おかしいと思わない、小山さん!」
「英語なんて使えなくても日本に居れば良いじゃんねー? 準ちゃん」
授業の所々でここ重要! とかテストに出るかも! みたいな話が出てくることもあり、居眠り常習犯の岩崎さんと片淵さんはよくそれを聞き逃すみたいで、授業の度に私と正木さんの居る最後尾まで来てはぶーぶー文句を言っている。ちゃんと授業聞いていれば分かる授業の方が多いと思うのだけど、
「分かってても授業は眠くなる!」
とユニゾンで断言された岩崎片淵ペアに私と正木さんは苦笑いを隠せなかった。
それはさておき、確かに私も今回は既に勉強している範囲だったから良かったけれど、習ったばかりの範囲であれば転校してからのあれこれであまり授業の予習・復習が出来なかったから、習いたての範囲であれば私のテストの点も怪しかったかもしれない。
「よし、じゃあ今日から――」
「あの、小山さん」
何かを言い掛けた岩崎さんの言葉を遮るように入ったのは、少し大人びた優しいソプラノ。
「園村さん。どうしましたか?」
「あの、今日の夕方、空いていますか?」
「ああ、えっと……」
私は視線を横にスライドさせて岩崎さんの方を見る。さっき言い掛けたのは、少し前に話していた勉強会をしようか、というつもりだったんじゃないかなと思ったのだけど、岩崎さんは手を前に出して「どうぞどうぞ」のポーズ。
「……空いてますよ」
「良かった。少し付き合っていただきたいところがあって」
「付き合う場所……?」
「はい。あの、私手芸部に入っていて、拙いながら服を作っているんです。いつもは華夜の服ばかりだったのですが、たまには少し大きめの服も作ってみたいと思いまして……。小山さんは背も高いし、作りがいがあると思うので、ぜひとも協力していただけないかと」
「なるほど。そういうことであれば構いませんよ」
「よろしいですか? ありがとうございます。放課後に迎えに行きますね」
「はい」
嬉しそうな顔を浮かべたまま席に戻っていく園村さんを眺めていると、
「ほほー。小山さん、園村さんと仲良くなったんだ」
ひょいっと顔を近づけて、岩崎さんが声を掛けてくる。
「仲良くなった、というほどではないです。工藤さんと寮で関わることがあるから、その話をたまにするくらいで……」
「そういや準ちんも華夜っちも寮生活なんだっけ。まあでも、それ以上にちかるんと華夜っち仲良いよねー。授業が終わるといっつも一緒に話してるし。一緒に居ないのって部活のときくらいのイメージだなー」
片淵さんも自分の席に戻って工藤さんと話をしている様子を見ながら言う。
「ああ、工藤さんって帰宅部だったっけ」
「そそ。でも、園村さんは何か帰ってからもピアノとか茶道とか華道とかやってそうだなー」
「確かに。あ、でもあの身長とかだと中々着物も無さそうだよね」
「だよねー。もしかするとオーダーメイドかも」
例によって例の如し、岩崎さんと片淵さんは少しずつ話がずれていくのだけど、話を聞いていて、そういえば同じ寮生である工藤さんに限らず、まだクラスでも指折り数えるくらいしか人の名前を覚えていないことを思い出す。例えば、前私の妹に絡んでいたギャル娘ちゃん2人とか。
だから、少しずつ今回のような機会があったら、積極的に参加していきたいなあ、なんて思う。前の学校は人間関係が希薄すぎたから、その反動かもしれないけれど。
相変わらず休み時間ごとに岩崎さんたちが来るのを宥めていたらあっという間に放課後。私は迎えに来た園村さんと並んで教室を出た。
「そういえば、小山さんとこうやってゆっくりお話しするのは初めてですね」
「そうですね」
折角の機会だとも思うし、色々聞いてみたい気もするけれど、どこまで踏み込んでいいか距離感に悩み、ひとまず1番無難な話を振ってみることにした。
「園村さんって工藤さんと仲が良いみたいですが、長い付き合いなんですか?」
「ああ、華夜ですか? いえ、それほどでもないですよ。一昨年……いえ、もうあのときは2年でしたから去年ですね」
「去年ですか? 随分最近ですね」
園村さんと工藤さんの距離感からすると、十年来の親友か血の繋がった姉妹かと言ってもおかしくない関係に見えたから、相応の長い期間かと思っていたけれど。まあ、仲の良さは確かに付き合った時間で決まる訳ではないから、よっぽどお互いの波長が合うとか、そういうのがあったのかな。
「ええ。華夜には色々助けてもらっているんです」
「……園村さんが工藤さんに?」
「はい、そうです」
「あの、失礼ですが、逆では……?」
どちらかというと、工藤さんは意識が半分くらい口から出ているようにふわふわしているから、園村さんがいつも工藤さんのお世話をしているような気がしてならないのだけれど。
「華夜は結構しっかりしているんですよ。まあ、運動が苦手だったり、低血圧で特に朝が弱かったりするので、そこは私がフォローすることもありますが」
外から見ている関係と当人同士の関係は結構違うんだなあ、なんてことを思いながら園村さんに付いていく。




