第4時限目 変化のお時間 その5
「やりすぎ」
「あ、あはは……確かに」
私の方を一瞬だけ見て、また視線を反らした我が妹は、それでもしゃがみこんだ私に手を差し出した。
「ん……ありがとう」
私は少しだけ逡巡してから、その手を取って立ち上がる。
「それはさておき、何でここに居るの?」
そう。
今の私の脳内の“気になること円グラフ”で80%くらいを占めているのはその謎。うちのクラスメイトに絡まれているのも驚いたけれど、それ以前に何故綸子がここに?
「……それは、えっと……ほら……テオドールが……」
「テオ? ああ、テオね」
そういえば。
結局、あの日綸子に逃げられて、お母さんにも電話を切られたから、そのまま成り行きで飼うことになってしまっていた。何だかんだで、基本的に日向ぼっことかで1日を過ごせるタイプの子だから、あの部屋の中でもカーテンを破るとか、ティッシュを全て取り出すとか、そういう悪さはしていないから良いし、正木さんチームの3人が来た際に構ってくれるから、割とテオも退屈していないようで悪くはないのだけど、そろそろ引き取ってもらった方が良い気もする。
……あ、そういえばあのときお父さんにも電話すれば良かったかな。別にお父さんが嫌いなわけではないけれど、電話に限らず、昔からあまり会話も多くなかったから電話を掛けるのをすっかり忘れていたなあ。聞いたら何か教えてくれたのかな。
「テオなら、まだ寮の私の部屋で1番日当たりの良いところを占拠して伸び伸びしていると思う」
私の言葉に綸子はやけに引っかかる言葉があったみたいで、整った細眉を顰めた。
「私?」
「……あ、え、えーっと……ははは」
昔というほど昔ではないけれど、前の学校に居た頃、つまり女装して生活をしていなかった頃は普段「僕」と言っていたから、似合わない「私」という一人称に違和感を覚えたのだろうけれど、今更笑って誤魔化しても、正直この格好だし今更だよねと自分で自分を納得させ、素直に事情を説明した。
「ふーん……」
聞いた陸上部ホープの我が妹は、そんなつまらなさそうな声で反応が返ってくるだけだった。酷い! お兄ちゃんこんなに悩んでいるのに! とは言わなかったけれど、でもちょっとだけ傷つく。
「だから、ほら……お父さんとお母さんには内緒にしておいて欲しいんだけど」
「別に良いけど。でも、それだったらさっさと転校すればいいんじゃないの?」
「そのつもりでは居るんだけど、学校の理事長さんがその辺り、進めてくれてて、まだ決まってないんだよね」
妹相手というのもあり、徐々に口調が砕けてくる。
「じゃあ、決まったらすぐ転校するの?」
「そうだね、そのつもり」
「でも、引越し代とかどうするの?」
「……あ」
「というか、お父さんとお母さんに黙って、勝手に転校とかしていいの?」
「……駄目だよね、うん。ああああっ……」
思わず頭を抱えてしゃがみ込む。そんな当たり前のこと、すっかり忘れていた。
でも、そうすると両親に現状報告をしなければならない。いや、した方が良いのは間違いないのだけど、この状況を何と説明しよう。
「説明せずに、このままこの学校で生活したら?」
「いやいやいやいや、無理だって!」
がばっと私は立ち上がる。もう、口調とか徐々に昔に戻り始めているから、慌てて周りを見渡し、他に人が居ないことを確認してから声のボリュームを下げた。
「常識的に考えて、プールとか体育の授業とか身体測定とかまずいでしょ……」
「プールはさておき、体育とかは下着くらいは着けてるでしょ」
「いや、下着姿でも駄目だって……それに、ほら、身体測定で胸のサイズとか測るだろうし、そのときはその……服とか捲るでしょ?」
「身体測定で胸囲とかもう測ってないよ?」
「え? そうなの?」
突然の情報で私は素直に上ずったような、変な声が出てしまった。
「少なくともうちでは中学から測ってない。公立だからかもしれないけどね。小学校のときはまだ測ってたっけ……ああ、中学でも制服の採寸するときだけは測ったかな」
「そ、そうなんだ……」
確かに、私も前の高校では胸囲測った覚えがないけれど、それは男性だからであって、女性ってその辺りは測っているものだとばかり。
「うちはブラ外して体操着のみになって、衝立がある内科検診のときだけ服を捲るってパターンだったから、よっぽど見せ合うとかしたい子が居ない限り大丈夫だった。まあ、体操着忘れて下着姿のまま身体測定受けるコとかもたまに居るけど」
「はあ……そうなんだね」
少し安堵した声で私は胸をなでおろす。ただでさえ、既に引き返すには若干どころじゃなく遅いくらいのことを色んな相手にしている気がするので、これ以上犯罪歴を伸ばしたくはない。
「まあ、この学校がどうかは知らないけど、胸囲測ることがあっても内科検診と同じで、直前までは体操着着てるだろうから心配しなくてもいいと思うよ」
「そっか……って、いやだったら大丈夫という訳ではなくてね」
「じゃあ、お父さんとお母さんに話をする? 女装してましたって」
「うっ……」
妹の容赦ない言葉に思わず言葉に詰まる。
どの道、最終的には報告しなきゃいけないだろうし、実は女子校だったので転校します、っていうのは正直1番正しい行動だと思うのだけど。
「まだ気にしてるの?」
「そりゃあ……まあ」
「でも、嫌だったんでしょ、前の学校」
「……うん」
2017/10/25 誤字修正
「“気になること円グラフ”で80%くらいを閉めている」
↓
「“気になること円グラフ”で80%くらいを占めている」
初歩的な誤字です。
ご指摘いただきましたので、修正します。




