第3時限目 日常のお時間 その19
途中で休みながら、私たちは荷物を持って私の部屋に戻り、梱包を開いていく。皆で作業をしていると、中身が気になったのか、扉を開いても猫団子のままだったテオがひょっこりと起き上がって、しゃがんでいる私の顔に尻尾を擦り付けながら近づいてきた。
「こら、テオ。邪魔になるから離れてて」
私が首根っこを掴んでベッドの上に乗せると、素早く尻尾の先端をぴこぴこ早く動かしながら、少し離れたところで不貞寝を始めた。こういうときに「ちょっと可哀想だったかな……」と甘やかすととことん邪魔をし始めるので甘やかしては駄目、と母から教わっているから放置する。
「何か、そのテオって子、準にゃんの子供みたいだねえ」
「あはは。まあ、母も良く言ってました。手の掛かる子がもう1人増えた気分だって」
こうやって作業の邪魔をした場合はちゃんと叱って、作業を邪魔しても放置しておくと、徐々に理解して邪魔する回数が減ると言っていた。全くしなくなる訳ではないみたいだけれど。
「小山さん、この檻ってどうするの?」
「そういえば持ってきたこの猫ちゃん用のご飯の器、何処に置けばいいかねー」
「あ、それは……」
岩崎さんや片淵さんの疑問質問に答えている横で、自分自身が猫を飼っていることもあるからか、1人でテキパキ準備をしてくれている正木さん。
「ああ、正木さん、すみません」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらの方は私がやっておきますから、真帆と片淵さんの方をお願いします」
「ありがとうございます、助かります」
何も言わずに正木さんがやってくれるから、そちらはおまかせしながら私は岩崎さんと片淵さんに指示を出しながら、テオの生活空間を作っていく。
ちゃんと時間は測っていないけれど、おそらく15分くらいで設置は終わった。さっきまで不満げにベッドで寝転がっていたテオはというと、途中から使わなくなって置いていた段ボールが気に入ったようで、少し浅い段ボールに飛び込んで満足げな顔を覗かせている。そういえば、たまに実家に帰ったとき、持ち帰った手提げ袋なんかにも入ったりしていたし、やっぱり猫って狭いところが好きなのかな。
「なんか、部屋がちょっと豪華になったね。猫ちゃんの生活空間ばっかりだけど」
岩崎さんが部屋を見回して言う。確かに猫砂の入ったトイレとか、床置きするタイプの爪とぎとか、猫を飼っている人であれば必須なモノは大方揃っているから、確かにテオにとってはそこそこ良い環境だと言える。
「まあ、元々が殺風景でしたからね」
「んー、そうだねえ。……あ、やば、もう門限の時間かー」
立ち上がって伸びをしていた片淵さんが、スカートのポケットから取り出した携帯電話の画面を見ながら呟く。
「あー、もうそんな時間?」
「うむー。ここから駅ってちょっと離れてるからねー。正直、今時高校生にもなって門限も無いと思うんだけど、まあ仕方がないかー。あーあ、アタシも寮生活しようかなー、したいなー」
立ち上がって頭の上で手を組んだ片淵さんが苦笑いする。
「寮も空いてますし、良いんじゃないでしょうか」
「あっはっは、まあ親が許してくれないだろうねー。ま、もし寮生活出来たら準ちんの部屋に毎日遊びに来るからよろしくー」
「お、お手柔らかに……」
「じゃあ、私たちはお暇しましょうか」
「そうだね」
正木さん、岩崎さんも部屋を出ていくので、私も追いかけるようにして立ち上がると、足元にテオがスリスリと頭を擦り付けてきた。これは、また頭の上に乗りたいのかな。
私はさっきベッドの上に移動させたときと同様、テオの首根っこを掴んで、私の頭の上に直接テオを乗せる。少しごそごそと動いている様子だったテオは、すぐに落ち着いたみたいで私の首筋にてろん、と尻尾を下ろして動きを止めた。
「んじゃあまた明日学校でねー」
「また来るよー」
「お邪魔しました」
「また明日です」
片淵さん、岩崎さん、正木さんの順で寮を出ていったのと同時に、食堂から眼鏡のクラスメイトがぎらりんっ、とレンズを光らせながら私を見る。あ、これはまた何か言われるかな。
「何か騒がしいと思えば、また小山さんですか」
“また”の部分がやや強調されて、太田さんが言葉を荒らげるから、私は苦虫が舌の上でダンスしたような微妙な顔で答える。
「ああ……ええ、申し訳ないです」
「……そしてその頭の上は何ですか」
「え、あ、えっと……猫です」
「そんなのは見れば分かります!」
私、地雷踏みましたよ! と言わずとも誰もが疑いようのないくらいの地雷を踏んだ。踏んだというより踏み抜いたというレベルかもしれない。
「何故猫を寮に連れ込んでいるか、という話をしているのです! 猫アレルギーの人間が居たらどうするんですか!」
「あ、いや、でも……」
「何がでも、ですか。まだ転校してきたばかりとはいえ、幾ら何でも節度が――」
「萌」
凛とした、と表現するのが何よりも最適だと感じるくらい、少し低い女声に、熱を帯びていた太田さんの声が止まった。




