第1時限目 初めてのお時間 その4
玄関に居たグレーのタイトスカートスーツ姿の女性は、しばらく1人脳内会議をしていたようで、完全に動きが止まっていた。そういえば、寮長さんもタイトスカートだったけれど、ここの学校はタイトスカートが流行っているのかな。学生の制服はタイトスカートじゃなかったから、先生は全員タイトスカートじゃなきゃいけないとか、校則でもあるのかもしれないなあ、なんてことを考えていたら、どうやら脳内会議終了後の結論に辿り着いた様子のその女性が、
「可愛いけど、誰だキミはー!?」
と今度は叫んだ。結局それですか、とか、そっちが誰だー! と言いたかったけれど、さすがに年上の人に向かっては言えないので、その言葉は脳内で完結させることにして、
「あ、あの」
代わりに声をとりあえず掛けてみる。私のその声を皮切りに、
「っていうか、誰? うん、凄く可愛い。お持ち帰りしたい。でも可愛いからって見逃さないからね! 不法侵入は駄目よ、お嬢ちゃん。どぅーゆーあんだすたん?」
と畳み掛けるように次々喋るスーツの女性。あ、これ、寮長さんくらい面倒くさい人だ、とやっぱり思っても口には出さず、あくまで冷静に。
「ええっと……」
「それはさておき、見逃してあげる代わりにちょっと手伝って欲しいんだけど」
「へ? ちょ、ちょっと……」
というか、今の今まで不法侵入がどうとか言って、見逃さないとか言っていたのにさっそく見逃してるのは突っ込みどころなんだと思うんだけれど、もう寮長さん相手に突っ込みパワーを使いきっているから、あわあわするしかない。
「いやあね、ちょっと職員室に忘れ物しちゃってね。それを取りに行かなきゃいけないんだけど、ほら、もう外暗いし、寒いし、寂しいし、人恋しいしで、イケニ……こほん、パートナーを探していたのよ」
その言葉に思わず私もジト目になって、突っ込みゲージもぎゅいんぎゅいん回復してしまう。
「今、確実にイケニエって言おうとしましたよね」
「ナニソレ、センセイ、ワカラナーイ」
きゃるーん、とか音が付きそうな手を頬に当てて、舌出しウインクポーズ。どちらかといえば、新入社員みたいな初々しいというかスーツに着られている感じの若い女性だから、そういうポーズが似合っていないこともない。ないのだけれど……ちょっと腹が立って、何だか実家の猫にやっていたように、ほっぺたをつねってむにーっとしたくなった。凄く、したくなった。
「とにかく、職員室に忘れ物しちゃってね」
「聞く気は無いんですね……はあ。明日朝早く行って、とかじゃ駄目なのでしょうか?」
「駄目なのよぉぉぉぉぉぉ」
玄関の縁に膝をついて、絶望ボイス。また大仰な。
「明日の朝一に出さないと、真雪ちゃんに怒られるのー! 真雪ちゃん、超怖いのー!」
「…………」
真雪ちゃん、ってもしかして理事長のことだろうか。理事長をちゃん付けするってことは、同い年とか年上?
……まさかね。女子高生とまではいかないとしても、大学生くらいにしか見えない。
そんなことを考えていると、
「だから、ねっ、ねっ。不法侵入の件は黙っておいてあげるから、手伝って!」
「いや、不法侵入じゃ……」
「ホントは萌呼ぼうと思ったけど、あの子うるさいし、よく考えたらあの子を連れて行ったら真雪ちゃんにバレちゃうし。だからとにかく、来てくれるだけでいいから! この時間の学校、超怖いから! 来たら分かるから!」
萌さん、という人がどういう人か知らないけれど、この人にうるさいと言われたと知ったら心外だろうと思う。
「あー、えっと、はい」
もう、何でも良いや、と諦めの境地に立っている私の表情に気づいていないのか、そのスーツに着られている女性は、
「ありがとう! ありがとう!」
とテンション高めだった。
とりあえず、この時間に外に出るということから、一度部屋に戻ってからさっき着たばかりのカーディガンを脱ぎ、代わりに家から持ってきた少し厚手のダッフルコートを着て、玄関へ戻った。まさか、寝間着ではなく、普段着に着替えていたのがこんなところで役に立つなんて。いや、むしろ普段着を着ていたせいで、風が吹けば桶屋がどうとかみたいに何処か巡り巡ってこんなフラグが立ってしまったんだろうか。
とにかく、連れて行かれる理由も今私の手を引いている人の名前も良く分からないまま、私は黒い小さなポニーテールを揺らした知らない女性に引っ張られつつ、靴を履いて寮を出た。多分、職員室とか言っていたから、学校の教師だとは思うけれど、この学校の先生って皆こんなにいい加減なんだろうか。
寮を出てすぐに先生と思しき人から、二刀流していた懐中電灯の片方を渡された。
「これ使って。今から、校舎に忍び込まなきゃいけないからね」
「はい……はい?」
忍びこむ?
手元の懐中電灯のONとOFFを確認しながら、話を流し聞きしていたら不穏な単語に気づいたので、突っ込もうと思ったら、既に女性の姿は目の前になかった。今まで居た女性は気のせいだったの!?
「あれ?」
「おーい、置いてくよー」
……なんて、別にホラーでもなんでもなく、既にさっきの女性は私をほっぽってさっさか歩き出していただけだった。
懐中電灯を片手に、私はスーツの女性の少し後ろを歩きながら、暗がりを見回す。所々街灯があるとはいえ、確かにこの時間の学校は怖いと思う。早く終わらせて、私も帰りたい。
周囲に気を配って歩いていると、前を歩いていた先生と思われる若い女性が思い出したように足を止めて、振り返った。
「そういや、何で寮に不法侵入してたの?」
「不法侵入じゃないです。私も今日から寮生です」
「マジで!?」
お嬢様学校の先生がマジとか使って良いんだろうか。
いや、そもそもここはお嬢様学校ではない気がしてきた。あの寮長さんといい、この人といい。きっと全て私の気のせいだったんだ。それはそれで少し気が楽に……ならないけど、重くはならないかな。
「というか、キミ誰?」
「……」
やっぱり話がループするのね、と思いつつ、この繰り返しはもういいんじゃないかなって思うから、私も自己紹介。
「私は小山 準と申します。よろしくお願いします」
「あ、どうもどうも、これはご丁寧にご丁寧に。アタシは咲野真弓です」
頭を下げて名前を言うと、ぴんっ、と両手を左右に広げて頭を下げる。服の色が灰色のこともあって、みにくいアヒルの子のお辞儀みたいな、そんな感じ。
「明日からは3年生として、西条学園で生活させていただきます」
「……明日から3年生? 小山?」
突然先生は腕組みしてから、ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぴーん! と3秒カウント後に何か思い当たったようで、その検索結果がこちら。
「……キミのせいかー!?」
「なんでー!?」
ビシィっ、と指を突きつけられた私。どういうことなの!?
私のイミガワカラナイ顔を理解してくれたみたいで、内容を説明してくれる。
「だって、今から取りに行くのって、小山さんの入学関連の書類だもん」
「忘れたのは自業自得じゃないですか」
言ってから、思わず口を押さえたけれど、どうやら小声だったからか気づいていなかった様子。良かった。何だか、この先生と一緒だと調子が狂ってしまうなあ。
「……私の入学関連、ってことはもしかして?」
「そう、私が率いる3年A組の生徒さんだっ」
……これからの学校生活に暗雲が立ち込めた、気がした。主に突っ込みが大変という意味で。
「それにしても、今日日曜日ですよ? 何で今気づいたんですか」
「だってぇ……ほら、学生だってそうでしょ? 月曜日の準備って日曜日にして、忘れてた宿題とか慌ててやるでしょ!?」
学校の敷地内に建てられている街灯の下で小さなポニーテールを揺らしながら、最後の方では半分キレ気味に言う先生。その勢いに、私もちょっとたじろぐ。
「ま、まあ確かにそういうことはあるかもしれないです」
「でしょー? で、さっき気づいて、慌てて学校に入ってきたは良いけど、さすがに1人で行く度胸は無くって。最初に寮に寄って、誰か連れて行こうと思ったら、キミが居たわけ」
「そしてイケニエに選ばれたわけですね」
「機嫌直してよー。ほら、可愛い顔が台無し。うん、美少女だね、うちのクラスに欲しいくらい!」
「いえ、だから先生のクラスに入るんですけれど」
「そうだった、はっはっは」
ああもう、このテンションは疲れる。前の学校の先生も女性の先生で、かなり天然が入っていたから突っ込みどころが多かったけれど、この人はまた違った方向でちょっと天然が入っている気がしないでもない。
何か、先生が某SNSで書いてたときよりも、大分壊れた感じになってしまいました。
でも書いてて楽しいタイプのキャラなので、これからも結構出てくるかもしれません。
……この先生ルートも、いつかは書いてみてもいいかなあ、と思ったり思わなかったり。
2016/8/18 文章見直し
細々と文章を見直しました。
主語がないところの追加とか、行を分けた方が良いところを分けたりとか、服を着替える描写の部分とか、本当に細々です。




