第18時限目 夜闇(やあん)のお時間 その20
「でも、あれだけ大きな湖だし、せめてボートとかあればねー」
「ボートねえ。でもさ、それだったらこう……男女で乗るべきじゃん?」
意外と……というと失礼だけれど、乙女な反応を寄越した真帆の言葉に、真っ先に反応したのは都紀子。
「お、真帆ちんはそういう恋に恋しちゃう感じかねー」
おほん、と咳払いした真帆は続けた。
「そりゃあ? あたしたちだってもう高校生だし、彼氏の1人や2人出来てもいいかなーって思うわけ。ただ、まあ……なんていうか、あたしは陸上一筋だったからさ。そういうのに縁遠かったわけよ。でも、高校生最後の夏休みじゃん? そしたら、やっぱりボートでデートとか、花火を見に行くとか、あっても良くない? 都紀子だってちょっとはそういうのを期待したりするでしょ!?」
早口に言う真帆。
結構、図星だったのかも。
「んー、まあそうだねー。アタシもようやく自由がきくようになったし、そういうのも悪くないなーと思うけどねー。でも、アタシは今の……こんな感じで、4人で遊ぶのも嫌いじゃないからなー」
詰め寄られた都紀子がさらりと流すから、
「ぐぬぬ……紀子は? 紀子だって彼氏が欲しかったりするでしょ!?」
と正木さんにターゲットを変えた。
「わ、私はあまり男の人が得意じゃないから……」
結構勢いのある真帆に、正木さんがちょっとたじろぐ。
ぐぬぬの2回目が口から転び出た真帆は、最後の獲物とばかりに私の両肩をがっし! と掴んだ。
「……準! 準は仲間でしょ!」
期待に満ちた目で見られても。
「わ、私もそんなに……かな」
まさか「私は異性の方が好きなタイプの男だから仕方がないよ、あっはっは」なんて言えるわけがないから、目を逸らして濁す。
「ちょっと、全員枯れすぎでしょ! 学生時代……ってかもう高校生活終わるんだからね!」
むんっ! と立ち上がった真帆がそう言う。
やけに演説に熱が入っているけれど……。
「そういう真帆は、誰か気になる人が居るの?」
私が尋ねると、
「……まあ、居たらこんなのんびりしてないけどさ」
と真帆は萎れた。
「まー、でも真帆ちんの言うことも正しいかもねー。確かに高校生活も後半年くらいで終わっちゃうわけだし、少しはそういうことも考えた方が良いのかなー」
都紀子がそう言うけれど、正木さんは苦笑いを崩さない。
「私は、まだそういうのは早いかなって……」
「そんなこと言って、紀子は色んな先輩に告られてるでしょ」
「……全部断ったけど」
ちょっとだけ不服そうな正木さん。
……やっぱり、正木さんってモテるんだなあ。
うん、まあ、自分はそういうことが無かったというのもあるけれど、別に羨ましいとか、そんなこと思ってない。
……思ってないから。
「そういう真帆だって、後輩からモテてるじゃない。バレンタインだっていっつも貰いすぎて、食べるの手伝ってあげてるのに」
「って、分かってて言ってるでしょ」
「真帆だって……」
そっか、真帆もそうなんだ。
そういうのが普通、なのかな。
「都紀子も1回あったっしょ?」
「あったねー。まー、通過儀礼みたいなもんだよねー」
通過儀礼……あの学校だったからなのか、それともそういう経験をしたことがないのが私だけなのか。
「ってか、準なんかもう絶対、超すごいでしょ?」
「え、いや……私は……」
俯いていた私が、真帆の言葉に答えづらくて、少しだけ戸惑っていると、
「真帆ちん、準にゃんは……」
と都紀子が慌てて真帆を引き止めた。
どうやら、真帆もそこで気づいたらしい。
「ん? ……あ、ご、ごめん! いや、そういう意味じゃなくって……!」
私の事情を忘れていたらしい真帆が、本気で頭を下げる。
「あ、ううん。別に大丈夫」
どっちかというと、今の話題を振られたことがどうこうというよりも、私だけ青春してないなあって思った傷の方が深かったりするし。
「で、でも、皆そういうのあったのなら、1人くらいいい人が居たんじゃ……」
あはは……と苦笑する私の言葉に、真帆、正木さん、都紀子が一旦停止し、互いに顔を見合わせて、
「……あれ、もしかして分かってない?」
と代表で真帆が目を瞬かせた。
「……??」
多分、顔に疑問符が浮かんだ様子がありありと見えたのだろうけれど、真帆が笑いを堪えながら答えた。
「いや、あたしたちが言ってるの、全部女の子からの告白だから」
「…………えっ」
あっ、えっ、そ、そういうこと?
「ってか、うち女子校なんだから、先輩とか後輩に告られるってことはそういうことでしょ。そりゃ、中学生とかの話だったらまた別かもだけど、あたしは中学も女子校だったし」
「あ、あー、なるほどー……」
そう言われてみればそうだよね。
さっきの恋愛の話を聞いていたときは、完全に自分の性別の立場で聞いていたけれど、よく考えたらそうだ……私が男なだけで、うちの学校って女子校だった。
「まあ、でもぶっちゃけ、女同士の方が気が合う合わないはっきりしてるし、合ったら1番気軽だし、あの子たちの気持ちも分からんでも無いけどさ。たまに、もう女でも良いかって思ったりすることもあるし」
「あー、それはちょっと分かるかもしれないねー」
正木さんも頷く。
……え、それはそれでまたちょっと分からない世界だけれど。




