第18時限目 夜闇(やあん)のお時間 その14
『ザンネンだったんですよねー、それだけが』
あ、もしかしてそれが心残りとか?
私自身、本当にそうだとは欠片も思っていないけれど、一応そう聞いてみると、
『もちろんそれもゼロではないですが……ここにノコってるリユウがそれだったら、ワタシがワタシにヒきますね』
姿は見えないけれど、声的には、すんっ……というテンションの落ち方を感じたので、よっぽどだったみたい。
すみません。
『いえ、それよりもオンセンですよ、オンセン!』
ああ、言ってましたね。
どっちかというとこちらの方がやっぱり本命だよね。
昨日も夕食中に「多分肝試しで冷や汗をかくから、その後に皆で温泉に行こう!」みたいな話をしていたけれど、そんな状態じゃなかったし。
だから、温泉に行けるとするなら、今日が最後。
昨日の不安を払拭するかのように全力で遊んだから、午後3時頃には疲れて、一部を除き休憩タイム。
ちなみに一部とは、真帆と都紀子のことで、何処から持ってきたのかビーチフラッグをしているのが見えた。
皆が思い思いのことをしている状態で、私は昨日の今日というのもあり、ビーチパラソルの下で横になっている。
ただし、もちろんというべきか、私が1人で横になっているわけではなく、正木さんがお目付け役的な立ち位置で、すぐ傍に居る。
時折、こちらに向く正木さんの表情は出来るだけ笑顔にしようと努めてくれているようでもあるけれど、その視線からは不安の影が見え隠れしているのが分かって、私も少しだけ辛い。
きっと、正木さんもあまり私を疑いたくないと思いつつも、まだ何かあるんじゃないかと心の何処かで感じているのだろうと思う。
『……ごめんなさい、ホントウに』
あ、いえ、そういう訳じゃなくて。
『ハヤく、ゲンインをツきトめないとですね』
……そう、ですね。
自分から取り憑いてくれと言っておきながら、解決策も考えずに他人を巻き込んで、無闇に人を傷つけているんじゃないか。
そう思いつつ、私はビーチパラソルの下で寝返りをうった。
悶々としていても、時間は過ぎる。
あっという間に日が傾き、砂浜で貝殻探しをしてから片淵家の別荘に戻り、夕食を済ませる。
夕食の片付けを手伝い終わってから、真帆が、
「あー、もう明日には帰らなきゃいけないのかー。早かったなー」
と食卓に突っ伏した。
「まあ、仕方がないよ」
そう言う私も同じ気持ちだけれど。
「はっはっは。まあ、また来ればいいだろ! どうせ、この別荘も使う人間がほとんど居ないから、たまに遊びに来たって構いやしないどころか、うちのオカンは喜ぶだろうさ」
お酒が入って愉快そうに笑う都紀子の叔母さんが、
「……おんや? そういや、オカンはどこ行った?」
とちょっとだけ冷静になってきょろきょろすると、
「なんだい、アタシが居なかったら何かあるのかね」
と話題の人はひょっこり顔を出した。
「いや、さっきまで台所に居たのに居なくなったなって……。あ、おつまみ何か無い?」
叔母さんの言葉に、うおっほんと咳払いをしてから言った、都紀子のおばあさん。
「勝手に冷蔵庫の中のもん、漁って食べな! ああ、後は……都紀子。温泉から電話があったんだけど、今日はどうやら誰も来ないみたいで、貸し切りのようだよ。腹ごなしに歩きながら行って、温泉に浸かっておいで。もちろん、お友達も連れて」
「やった! 温泉!」
『おー、ようやくオンセンタイムですね!』
温泉という単語に、真帆の声以外にも、脳内でも喜びの声が上がる。
「おばあさま、もしかして、山の上の温泉まで行かれていたのですか?」
「いや、そのちょっと前で引き換えしてきたさ。あそこの番台から電話があって、いつも分かれ道の左側が通行止めになってるって聞いてね。気になって、見に行ってきたんだよ。確かに左の道は通行止めになっていたから、今日は右から回っていきな。どっちの道でも、大して距離は変わらないだろうしね」
そう簡単に言っていたから、まあお年寄りでも問題なく歩けるような道なら心配ないかな、と私たちもタオルや着替えを持って意気揚々と出かけていったのだけれど。
「……ま、まだ着かないんですか……?」
正木さんが、ひぃひぃと荒い息をしながら都紀子に尋ねると、
「うーん、もうちょっとだねー。後5分……じゃ着かないけど、もうちょっと」
「うへえ、この距離を都紀子のおばあちゃん歩いていったの? 足腰強すぎない?」
体力自慢の真帆でさえも、少しだけうんざり顔になってきている。
そして、もちろん私も想像よりも遠くて、若干とは言わないくらいに疲れを表情に出していたと思う。
そう考えると、ほとんど疲れを見せない都紀子はやっぱりこう見えて体力結構あるのかな。




