第18時限目 夜闇(やあん)のお時間 その10
でも、ちょっとだけ気にはなる。
この人は本当に神様……か幽霊のどちらかなのか、それともそう思い込んでいるだけの存在なのか。
本当に誰かに取り憑くなんてことが出来るのか。
そして。
本来、ここに来るはずのない私が、今、ここに居る意味は。
「どうせ、長い人生なんだろう? いや、神様になっちまったんだったら、神生かねえ。どっちにしろ、まだまだ生き急ぐには早かろう」
はっはっは、と大声で笑う黒髪の人。
……取り憑こうとしたが出来なかった、という話だったけれど。
「試してみませんか?」
「……?」
「え?」
私の言葉に、しばらくお姉さま方は目を瞬かせていた。
確かに、あまりに言葉を端折りすぎてこれだけじゃ分からないかもしれない。
だから、私は改めて正しく伝えた。
「そちらの女性が、私に乗り移ることが出来るか、試してみませんか?」
「いいんですかっ!?」
「馬鹿なこと言うもんじゃないよ! まだ若いんだから、命を大事にしな!」
ほぼ間髪を容れずに、両極端の反応が返ってきた。
どちらの反応も「まあ、そうですよね」と思う。
「正直なところ、私はそちらの方が本当に神様か、少なくとも幽霊的な何かであるということをまだ信じていません」
「ホントウなんですよー!」
半泣きの反応を寄越す金髪さんに、私は苦笑しながら、
「ただ、まあ……何と言いますか、一般常識を超えた存在自体は信じていたりするので、それを証明してほしいなと思うわけです」
まあ、まさか信じている理由が、吸血鬼の知り合いが居て、その女の子の吸血鬼は目を合わせるだけで記憶を封じることが出来る(ただし、相手は女の子に限る)らしいから、なんてことを言ったらむしろ私の方が頭を心配されると思う。
それ以前に、このことは秘密にするって約束もしたから言えないのだけれど。
「もし本当に乗り移るということが出来るのであれば、何かしら超常現象的な存在であるということの証明になります。なので、ちょっと見てみたい……というか体験してみたいなーなんて思うんです」
私は軽い感じでそう言った。
もちろん、本心の半分くらいはそういう気持ちがあるけれど、もう半分はもっと別な理由。
私の言葉を聞いて、金髪の女性が、
「なるほど! えっと、コウキシンはネコもクわない、とかいうやつですね!」
なんて私の調子に合わせたような、軽い感じで答えるから、
「それを言うなら、好奇心は猫を殺す、だろう」
と頭を押さえて言う。
「で、本当のところは?」
……この辺りは年の功、だろうか。
黒髪女性の鋭利な視線が、私をすっと射抜く。
「いえ、単純に興味が……」
「興味だけでそんなことをしたら、本当に死ぬかもしれないよ。これは脅しではなく忠告だ。ノリやおふざけで、アタシよりも若いのが死ぬのは見たくなどないし、そんな軽い調子でこの子を死なせたら、このバカも一生呪ってやるさね」
黒髪の人が真剣なトーンで言うのは良く分かる。
私だって、自分の軽率な行動によって、死ぬかもしれないということは理解している。
それに、きっと正木さんたちがこの場に居たら絶対に止めているだろうし、更に言えば昔の私……前の学校に居た頃の私だったら、絶対にこんなことを言い出さなかったと断言できる。
「それは仰る通りだと思います。ただ……」
「ただ、何だね」
黒髪の人が先を促す。
「勝算……というとちょっと大げさですが、何となく大丈夫なんじゃないかなって思うところもあります」
「それはナンですか?」
さっきまでの軽い雰囲気から一変して、金髪の女性も私の言葉をしっかり聞き届けようとしている。
だから、私は素直に言葉を放った。
「私が、ここに居ることです」
「……どういうことだ?」
「……どういうことです?」
ほぼ同時に、ほぼ同じ反応をされる私。
……う、うん。
個人的には渾身の一言のつもりだったけれど……これも言葉足らずだったかな。
「そちらの金髪の方にはお話ししたんですが、他に何人かの友達が、同じくらいの時間、この場所に来ていたんです。なのに、私だけがここに迷い込んでしまった」
「……それで?」
「私はそちらの女性とは無関係のはずですが、何故か私だけがここに辿り着いたと考えると、ここに来た意味が、何かあるんじゃないかなって思うんです」
私の言葉にやれやれ、とばかりに溜息を吐く黒髪女性。
今までの突き放そうとする感じから、少し態度が和らいだ気がする。
「……もし、そういう理由だったとして、こいつが乗り移って、一生離れなくなったらどうするつもりだい?」
わしゃわしゃと金髪を撫でつける黒髪さん。
「そのときは……どうしましょうね」
正直、その可能性は非常に高い、気もする。
小説とかでは、1つの体に2つの魂が入ると、融合してしまってどちらの記憶が本当の自分のものだったか忘れてしまう、みたいな展開は結構ある気がするし。
「危険だって分かってて、何でやろうって言うんだい。アンタ、賢い顔して、バカなのかね」
少し苛立ちを見せる黒髪の女性に、私は本当の思いを吐露した。
「……多分、なんですが。ずっとここに留まり続けているのは、そちらの女性に、何か未練があるからなんじゃないかなって思ったからです」




