第18時限目 夜闇(やあん)のお時間 その5
「あ、あはは、神様ですか、なるほど」
これはちょっとアレですね、危ない方ですね。
よし、申し訳ないけれど、私はお暇させて頂きましょう、そうしましょう。
「わ、私は帰りますねー」
「あ、でもイマはカエれませんよ」
「えっ」
……まさか、ここに足を踏み入れた時点で外の世界に帰れないとか?
いやいやいや、まさかね。
「しばらくしたらデられるので、ヨければおハナシしてマちましょう」
「……」
「それとも、カクニンしにイきますか」
しばしの思考タイム。
「……もし、そのまま戻ってきたら、お話を聞きます」
「ワかりました、イってらっしゃい」
へら、と笑った金髪さんに見送られながら、私は足早に階段を下りた。
……そんな非現実的なことがあるはずないし、私の知っている世界がそんなファンタジーな訳がない。
だから、心配しなくていい。
そうだ、この階段をひたすら降りていけばすぐに片淵家の別荘に辿り着くはず。
そう思って私は階段を下りて、下りて、下りて。
「あら、おかえりなさい」
「……」
金髪さんの笑顔が見えたところで、私はがっくりと膝をついて、その場にくずおれた。
森みたいなところを通過した後にちょっと嫌な予感はしていた。
民家が少ないとはいえ、まだ時間が時間だからちらほらと明かりが見えている。
その明かりが、山をどんどん下りているのに近づくところか、むしろ遠ざかってると感じたから。
そして、どのタイミングだったか、見覚えのある鳥居と古びた建物が見えたところで色々と悟ってしまい、足を止めた。
だからといって、引き返したところで同じ場所に戻るのは目に見えている。
……ならば、腹を括って走り下りるしかない。
そう思って階段を下りきったのに、のほほんと桜餅を頬張っている人……いや神様? に笑いながら迎え入れられたら、そりゃあ気も抜けるよねって。
でも、よく考えたら非常識な存在という意味では吸血鬼という前例があるわけだし、今更神様の知り合いが増えたところで大した話ではないよね、はっはっはー。
「んなわけないでしょ!」
倒れ込んでいた私は、石畳を叩き、セルフで突っ込んだ。
「ん、ダイジョウブですかー?」
「……はい」
自称神様の隣、神社の石段に座り直して、私は溜息を吐いた。
「おツカれさまでした。おチャでもイカガですか」
何処から取り出したのか、金髪の神様は湯呑みに急須でお茶を淹れつつ、私に尋ねた。
「……いえ、遠慮しておきます」
この人が本当に神様なのかは分からないけれど、昔から『ヨモツヘグイ』という、死者の世界のものを食べてしまうと元の世界に戻れないという考え方があったはず。
ここで出されたものを何気なしに食べてしまうと、もう元の世界に戻れないかもしれない。
そう思って、私は遠慮した。
「あ、サクラモチならワタシにおソナえされたものなので、タべてもダイジョウブですよー」
「いえ、そういう話では……というか好きなんですか、桜餅」
もしこの金髪さんが本当に神様なのであれば、もっと丁寧な言葉遣いをしなければならないはずなのだけれど、なんだかこう……ペースが崩されてしまって、このときはまだ頭がそこまで働かなかった。
「いえー、どちらかというとシュークリームのホウがスきですねー」
「……」
あれ、やっぱり私が知ってるここの神様と違うのでは……?
ただの和服好きの、中二病女性なのでは……?
「ただ、ワタシがここのカミサマになったときにおソナえされてたサクラモチをゼンブイタダいてから、サクラモチしかおソナえされなくなっちゃったので、コマってるんですよー」
「……」
い、いや、これはどうかな……?
ギリギリ本当の可能性もある?
「……ってちょっと待って下さい。神様に“なったとき”?」
「はい。ワタシ、ケッコウマエにシんじゃいましてー」
「……」
この人は爆弾がギリギリ脳天をかすめるような発言を当たり前のようにするから、一瞬私は聞き流しそうになったけれど、結構とてつもないこと言っている。
「そのときに、ここのマエのカミサマがワタシをミつけまして。ヨければカミサマになってみないかとイわれました」
……新興宗教への誘い文句みたい。
というか、神社の神様ってそんな簡単になれるものなの……?
ただ、出されたものは食べてはいけないということだけは良く分かった。
「何故死んでしまったのですか?」
「このウエにロテンブロがあるじゃないですか」
「ああ、まだ行ったこと無いですが、そんな話は聞いています」
多分、都紀子が言っていた温泉の話だと思う。
「そこにイくときに、トチュウでケイタイデンワをオとしてしまって、それをヒロおうとしたときにガケからオちちゃいました」




