第17時限目 水際のお時間 その33
夜になって、おやすみと皆が布団に入った後。
私は色々ありすぎたからか、ちょっとだけ眠れなくて、むくりと起き出した。
「喉、乾いたな……」
寝る前、都紀子に「冷蔵庫のここにお茶があるから勝手に飲んでね」と言われたことを思い出して、私は皆を起こさないように起き出す。
出来るだけ足音を殺しながら階下へ降りると、
「……あれ?」
台所の方から小さな明かりが漏れ出ていた。
泥棒……ではないと思いたいけれど、何故台所の明かりを点けずにいるんだろうと思いつつ、初登校時の失態を思い出して、相手を捕まえようとか脅かそうとかそういう危険なことをせず、相手の様子を見て危険人物であれば通報。
そう心に決めて、私はこっそりと引き戸の隙間から中を覗く。
台所の中は中央のテーブル辺りに見える光以外は、窓の外からほのかに入り込む月明かりしかない。
多分、中央の明かりはスマホの画面か何かだと思うけれど、顔が見えるほどの明かりではない。
また、声を発する様子が全くないけれど、何かを飲み終わった後、ふぅと吐いた溜息からして、女性……いや女の子かなと思う。
うーん……、このままじっと様子を窺っていても埒が明かない。
「あの……」
恐る恐る声を掛けると、
「ぴゃっ……!」
と黒い影は可愛い小さな叫び声を上げて、へたりこむ。
戸を開け、慌てて近づくと……月明かりに照らされた影の正体は正木さんだった。
「あ、ごめんなさい。だ、大丈夫ですか?」
私が出来るだけ声のボリュームを落として言いながら、手を差し出す。
「あ、ああ……その声は小山さんですか。あはは……車の中で話していた幽霊さんが現れたかと……」
私の携帯の明かりで照らされた正木さんの表情には、少しほっとした様子が見て取れた。
私の手を取って立ち上がり、パジャマの埃を軽く払ってから正木さんが言った。
「ごめんなさい。台所の明かりが点いていないのに、誰か居るなと思って、しばらく様子を見ていました」
「ああ、そうだったんですね。私もちょっとどうしようかって悩んだんですが……片淵さんのおばあさんが向かいの部屋で寝ているって聞いたので、もし明かりに気づいて目を覚ましてしまったら迷惑かなって思ったので」
正木さんの気遣いに、私は頷いた。
確かにそういうの、気になってしまうのはある。
本当は大丈夫なんだろうと思うけれど。
「小山さんもお茶を飲みに来られたんですか?」
「はい。それと、ちょっと寝付けなくて」
「小山さんもですか。私も似たようなものです。あ、どうぞ」
そう言って、お茶を入れたコップを差し出してくれる。
「ありがとうございます。……今日は本当に、色々ありましたからね」
コップを受け取った私が一口飲んでからそう言うと、
「はい。ちょっと疲れてしまいました」
と月明かりの下の正木さんも、言葉通りほんのりと疲れた笑顔を見せる。
「小山さん、本当に病院とか行かなくて大丈夫ですか?」
「ええ、何とも無いですから」
そうは言いつつも、本当は病院に行った方が良いと思うのだけれど、もしまた病院に行ったなんて話が学校に漏れたら、きっと咲野先生とか坂本先生が飛んできて、旅行中止令とかが発動されそうだし。
いや、多分旅行だけじゃなくて、箱入り娘に対するお父さんみたいに「怪我するおそれがあるものは全て禁止!」とか。
正直言って、それは避けたいという思いがある。
かくして、秘密体質というか隠匿体質というのは作り上げられていくのだなあ、なんて。
「それにしても、水着が戻ってきて良かったですね」
元はと言えば私を助けるために正木さんが無理してくれたから起こった悲劇だったから、私が言うのかというところはあるけれど。
「ええ、本当に。折角小山さんに選んでもらった水着を、初日で無くすなんてと思っていたんですが……片淵さんの伯母さんが拾っていてくれて、本当に良かったです。片淵さんの伯母さんに感謝ですね」
「そうですね。まあ、ちょっとお酒が絡むと危険な感じの人でしたが……」
多分、夕食のときのことを思い出したのか、正木さんもふふふと笑ってから、
「小山さん、ずっと大変そうでしたしね」
と言った。
「ええ、まあ……」
ちょっとどころじゃなくてかなり、と正木さん相手なら言っても大丈夫な気がするけれど、お昼のファインプレーと天秤に掛けると……うーん、感謝の方が上回るかな。
「……小山さん」
「はい、どうしましたか?」
改まって、正木さんが私を見る。
「えっと……」
正木さんが少しだけ言いにくそうにしているけれど、一体なんだろう。
……まさか、愛の告白……というのはまあ冗談として置いといて。
確率的に高いのはなんだろう……あ、パジャマが脱げ掛けてるとか?
いや、さっきまでうとうとしていたときに、まさかよだれが……!?




