第17時限目 水際のお時間 その27
「……はっ! ごほっ、ごほっ……」
慌てて上半身を起こし、周囲を見渡そうとした私は、気管に違和感があって咳き込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
隣には心配そうな表情の正木さん。
「……? あっ」
一瞬、どうしてここに正木さんが? と思ってから、そっか……そういえば私、溺れかけた、いや溺れたんだと思い出した。
ということは正木さんが1人で……?
「小山さん、意識はっきりしてますか? 海の水たくさん飲んで、苦しくないですか!?」
「あ、ああ、はい。まだちょっとだけ口の中がしょっぱいのと、砂っぽいのがありますが……ぺっぺっ、大丈夫です。あの、もしかして……」
「小山さんが溺れたので、とりあえず目的地だった島まで引き上げました」
やや遠くに見えるのは、私たちがスタートしてきた海岸。
そして、私と正木さんの足元……いやお尻の下の周囲にはほとんど陸地が残っていない。
え、これ何、どういうこと? と思ったけれど、確かにあまり起伏がない島ではあったから、満潮に近づいてこんなことになったのかもしれない。
まあ、後は私がそれなりに長い間気絶していたということかもしれない。
「はい。あ、あのっ、し、心臓マッサージまでした方が良いかなって、その、思ったんですが、その前に目が覚めて良かったです。あまりやったことがないので……」
正木さんが言うには、私がちょっとスピードを上げたから何かあるのかなと思ったらしいけれど、付いていくのは敵わず、自分のペースで泳ぎを続けていたところ、私が突然沈んでいくのが見えたとのこと。
それからは無我夢中だった正木さんは、クロールで沈んだ私まで近づき、島まで引き上げてくれたらしい。
「引きずってしまって、ごめんなさい」
「いえいえ、そんな。助かりました、ありがとうございます」
……それにしても。
スピード上げて先回りし、島で正木さんを待とうみたいな上から目線なことをしようとしたところで、足が吊って溺れかけるという超絶恥ずかしいことをしでかしたことを思い出し、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいやら、吊った足がまだ痛いやらで、もう何が何やら。
とりあえず私と正木さんが何故こんなほとんど足場のない場所に居たのか、という解答はつまりそういうことでしたと。
……はい、どうしてこんなことに、とか言いつつ全面的に私が悪いです。
ごめんなさい、正木さ――
「あ、あれ? 正木さん」
「は、はい」
まだしばらく意識が朦朧としていたから気づいていなかったけれど、良く見ると、あるおかしい状況に気づく。
あ、いや、周囲環境がヤバイとかそういうのも無いわけではないけれど、それ以上にもっと身近な……具体的には正木さん自身に発生している違和感の話。
「あの、水着の……上は……?」
「……」
胸を両腕で隠す正木さんは、頬を染めつつそっぽを向く。
「小山さんを、その、引き上げるときに……上だけ外れちゃったみたい、で……」
「ああっ、すみません。私のせいでっ……」
「い、いえいえっ、あっ」
両手を左右に振ろうとして、胸を隠していた手を離してしまい、再度隠す。
「今、真帆と片淵さんが水着を探してくれてます。私としては、どちらかというと折角小山さんが選んでくれた水着が流されてしまったことの方が……」
そう言いつつ、正木さんは少しだけしょんぼりしたけれど、
「でも、小山さんが助かって良かったです」
と改めて私の無事を祝ってくれた。
そんなことを言っている折に正木さんの水着捜索隊第1号、真帆隊員が海面からひょっこり顔を出した。
「ぶはっ! 見当たんないなー。紀子、準は……あ、目が覚めた?」
「あ、うん。ごめんね、心配掛けて」
「いや、あたしもごめん。思ったよりここまで遠かったし、泳ぎ初心者の準と紀子を連れてくる距離じゃなかったし」
「いや、私も大丈夫かなって思って――」
「うーん、無いねー」
私の言葉に被るタイミングで、都紀子も顔を出した。
「おや、準にゃん復活ー?」
「うん、ごめんね」
「いやいやー、無事なら何よりさねー。しかし、真帆ちんの方も収穫はなし?」
都紀子の言葉に、真帆は頷いて返す。
「結構流れが早いっぽいし、何処かへ流されちゃったかも。まあ、何だかんだで波で海岸まで押し戻されたりする可能性もあるだろうし、とりあえず海岸の方まで戻るかー」
「そうだね。あ、でも正木さんは……」
幸い、この島とも呼べない小さい砂浜には私たちしか居ないようだけれど、海岸まで戻ったらちらほら他の人たちも居る。
そして、都紀子が言っていたのが正しければ、もうちょっと日が傾いた時間帯の方が人は来るかもしれないから、正木さんをこのまま陸に上げるのは危険極まりない。
「私の水着を……」
「いや、準のサイズじゃ紀子の隠せないでしょ」
ぐさっ。
……あれ、何故私は傷ついているの?




