第17時限目 水際のお時間 その25
「ところでさ」
「ん?」
都紀子が話を続けるから、立ち上がった私はそのままで疑問符を返した。
「今晩、初日だけど早速肝試しやろうかねー」
「え、早くない?」
もちろん、そりゃあ初日からやったらいけない理由があるわけではないけれど。
「いやいやー、別にそんなことはないんじゃないかなー。ほら、むしろ後に伸ばした方が、いつやるかいつやるかって不安になるだろうしねー」
そう言う都紀子は、絶対にそれだけの理由ではないと確信できるような表情を返してきた。
「……本当にそう思ってる?」
私が呆れて言うと、
「どっかなー?」
と都紀子ははぐらかした。
「まあ、大丈夫さねー。大して怖くないやつだからさー」
「本当に?」
「多分ねー」
あまり幽霊は信じていないとはいえ、初めてみゃーちゃんがぬっと出てきたときみたいなびっくり系にはそんなに強いわけではないから、正直肝試しをやりたいという気持ちは1ミリも湧いてこないのだけれど、夏の風物詩といえば確かにそうだとは思う。
「あ、戻ってきたねー」
でもなあ……みたいなことを考えていたら、確かに真帆たちが駆け足で戻ってくるのが見えた。
「ほい、お待たせ。日焼け止め」
「ありがとう」
そう言って、真帆が差し出した日焼け止めを受け取ろうとしたら、
「ってか、背中とかも塗らなきゃいけないし、渡すよりもあたしが塗った方が早いか。紀子は都紀子にやったげて」
と言いつつ、引っ込められた。
え? と思っている内にチューブから日焼け止めを出し、正木さんにチューブを渡すと、真帆は容赦なく私の体全体を撫でるように塗り始める。
「ちょ、ちょっとっ」
「今更恥ずかしがる仲でもないでしょ」
色々あって「そりゃそうだけど」とは言えないんだけどね!
家にお呼ばれ……というか弟くんたちの面倒を見に行ったときにも思ったけれど、真帆って結構お母さんモードというか『面倒見るよスイッチ』が入ったときは有無も言わさずに淡々と作業をするから、拒絶しがたいと言うか、多分歯医者さんで「痛かったら手を挙げてね」と言われて素直に挙げたのに「もうちょっとだから我慢してね」と言われる感じになりそうって思うんだよね。
で、私がそこまで真帆の侵攻を止めたい理由。
「ちょ、そ、そこは自分でするからぁ!」
水着で隠れていない部分だけではなく、水着の際……というかぶっちゃけていうと水着の中まで手を入れてくるから、正直に言ってかなり焦る。
むしろそこがなければ、別に友達同士での戯れで済ませようと思っていたのだけれど、禁断のエリアに当たり前のように不法侵入するから、個人的には裁判なしの有罪判決としたいところ。
ただ、真帆は全く恥ずかしがる様子はないし、私の感覚がおかしいの?
「よし、オッケー」
「あ、ありがとう」
い、色々と危なかった。
「んじゃ、ビーチバレー再開……よりも泳ごっか。折角の海だし」
「そうだね……って日焼け止め塗ったばっかりだけど大丈夫?」
「大丈夫。ウォーターブルース? プルーフ? とかいうのだから簡単に流されないってさ」
そう言って、真っ先に駆け出す真帆。
「おっ、アタシも行くよー」
続いて都紀子。
こうなると、最後の私たちは、
「……行きましょうか」
「はい」
といつもの感じで、先に行った2人を追いかけるのだった。
さて、プールで散々……とまでは言わずとも、それなりに練習した正木さんは、
「……よしっ」
と小さく気合を入れて、浅いところにゆっくり浮き、平泳ぎを始めた。
最初は恐る恐るだったけれど、プールよりも海の方が浮きやすいというのもあってか、
「あ、意外と大丈夫ですね」
と安心した表情で、立ち上がった正木さんが言った。
それを見ていた真帆が「おや?」という表情を見せる。
「あれ、紀子って泳げたっけ?」
「ううん、今までは泳げなかったんだけど、特訓したからね」
「特訓? ……あー、あれってそういうことだったワケ?」
ようやくここでネタばらしとなって、ちょっと真帆の頬が緩んだ。
「いや、でも何で保健の先生だったん? そういうの、体育の先生に教わるもんじゃない?」
「坂本先生も……ううん、たまたま坂本先生が都合を付けて監視員をしてくれただけ。それで、時間とかの相談に行ってたの」
正木さんが“も”と言った後に訂正したから、おそらく一緒に泳ぎの練習をしているということを言いかけたのだろうけれど、それを他の人に広めるのは、自分自身泳げなかった正木さんからしても良くないと思ったのかもしれない。
「なるほど。じゃあ、準は?」
「私も全然泳げなかったから、練習したいなって」
「え、準って出来ないことあったの?」
「いや、その認識はおかしいでしょ」




