第17時限目 水際のお時間 その15
「小山さんも今の私から想像できると思いますが、私は昔からどちらかというと引っ込み思案だったんです。なので、あまり友達も出来ませんでした」
体を起こした正木さんがはにかむというか苦笑気味に言う。
「特に小学校の頃は父と母もお仕事が忙しくて、全然家に居ないことが多かったのもあり、ますます人と喋らなくなって……ちょっと人付き合いが苦手になってました」
1度アイスティーで喉を湿らせてから、正木さんは続けた。
「だから、中学の時に真帆に出会ったのが、今の私の原点かなって思っているんです」
確かに真帆はすごくアクティブだし、大人しい正木さんにとって手を引いてくれる存在としてとても重要だったんだろうと思う。
「昔からあんな感じなんですか?」
「ええ、全然変わってないです。だからこそ、中学から今までずっと真帆に頼ってばかりで、自分から誰かに近づこうとすることは相変わらず出来ませんでした」
そう言った正木さんの目が、こちらをまっすぐに射貫く。
「だから、そういう意味では……自分から仲良くなりたいって思えた小山さんとの出会いは本当に、その、運命っていうか、嬉しかったんです。変なこと言ってごめんなさい。でも、本気で思っているんです。それは多分、前に小山さんが、前の学校で苦しんでいたことを教えてくれたからだと思います」
そういえば、正木さんたちにも、前の学校での話はしたんだっけ。
……運命は大げさだと思ったけれど、正木さんの真剣な眼差しに私も素直な笑顔を返した。
「私も、こうやって正木さんたちに会えたことは幸せだと思います」
返された正木さんも、少しどころじゃなく頬を赤らめて、
「あ、あのっ、私ばっかり話をしてしまってごめんなさい。ちょっと、別のというか、自分の誕生日プレゼントとかで、印象に残っているものってありますかっ!?」
と強引に話題を変えた。
「誕生日プレゼントですか……」
……正直、誕生日を祝われた記憶があまりない。
「私の両親も、仕事が忙しくてあまり早く帰ってこなかったので……」
「そ、そうだったんですか……」
話題を振り間違えたと、正木さんがしょんぼりしてしまった姿を見て、私は慌てて何か誕生日プレゼントの話題で、面白いものはないかと思い出し……ふと思い当たった。
「そういえば、テオの父猫を買ってもらったのが、私の誕生日でした」
小学校の頃、どうしても猫を飼いたいと両親にねだった結果、テオの父猫に当たる子をもらったのだった。
「あっ、私の家のミケちゃんも同じです。ちゃんと自分で面倒見なさいって言われて! 元々お母さんが猫好きだったので、前から猫ちゃんが居たんですが、自分でも飼いたいっておねだりしたんです」
安堵した表情の正木さんは、更に続けた。
「それと、私はこのヘアピンが特に印象に残ってるんです」
そう言って、自分の髪を留めているヘアピンを示す正木さん。
「いつも帰ってくるのが遅い両親だったんですが、必ず誕生日には早く帰ってきて、プレゼントとお花を買ってきてくれるんです。ただ、中学の頃のお誕生日プレゼントが父と母で被ってしまって……」
「被った? 2人で買ったというわけではなくて、ですか?」
「そうです。父と母、仲は良いんですが、私への誕生日プレゼントは別々に買って、どちらのプレゼントを喜んでくれるかって競い合ってて。それで、中学1年生の誕生日、たまたま2人がお互いに隠して準備していたプレゼントが、実はどちらもヘアピンだったんです」
くすくす、と笑いながら正木さんが言う。
「あ、小山さんから見ると左の花のヘアピンはお父さん、右のピンクの無地のものがお母さんが選んでくれたものです。片方だけ使うのも申し訳ないなって思って……なので、2本とも毎日使うようにしてます」
「あはは。家族の仲が良いんですね」
「そうかもしれないです」
ふふふ、と笑って正木さんがヘアピンを撫でる。
……少しだけ、羨ましいなって思ってしまった。
入院したとき、お父さんもお母さんも来てくれたけれど、すぐに帰ってしまったし、あまり話も出来なかった。
もちろん、2人が忙しいことは知っているし、性別を偽っているという話を突かれたくない気持ちはあったけれど……それでも。
「小山さんは兄弟姉妹は居られるんですか?」
「はい、1つ下の妹が」
正木さんとは会ってなかったかな? と思い返し、そういえば正木さんの家に向かっている途中で綸子と鉢合わせたときは私と真帆しか居なかったし、病室に来た時も華代と千華留、その後に大隅さんと中居さんが居ただけだっけ。
「羨ましいです。私は一人っ子なので、兄弟姉妹で何かを共有するとか、そういうのがなかったので憧れているんです」




