第3時限目 日常のお時間 その13
そうすると一時的とは言え、寮に猫を連れ込むのだから、やっぱり面倒にならないように寮長さんのところへ挨拶に行った方が良いかな。入って2日目で、勝手に寮に猫を連れ込んだから追い出されました、となったらちょっといただけない。
「それでは、行ってきます」
「真帆ちんと準にゃん、後で準にゃんハウスでねー」
「はい」
「はいよー」
正木さんと片淵さんとミケちゃんを手を振って見送り、寮方面に歩き出してすぐ、岩崎さんは私の頭の上に垂れ猫帽子が気になるようで、視線をそちらに向けながら私に尋ねる。
「その子って飼って結構長いの?」
「えっと、この子はまだ4歳なので、まだ若い方だと思います」
「ほほう、だからこんなにちっこいの?」
「いえ。単純にこの子が小さいだけで、もう4年にもなったらそんなに大きさは変わらないです。前に飼っていた子はもっと大きかったですし」
「前に? 小山さんちって何匹も猫飼ってるの?」
「えっと、そうですね……」
昔を思い返しながら私は言う。
「この子は既に3代目で、最初の子は確か私が小学校の頃に飼っていた子だったと思います。その子が死んでしまってから、私が学校に行きたくなくなっちゃって……母が貰ってきてくれたのがこの子の父親です」
「父親?」
「はい。父猫? というべきなんでしょうかね。もし、その子も死んでしまったら……というのが母にとっては心配になったみたいで、更にもう1匹飼えば寂しくないんじゃないかって話になったそうです」
「それって……結局、最後に飼っていた子が死んじゃったら結局駄目なんじゃない?」
「まあ、そうなんですが、ある程度大きくなれば気持ちの整理も十分出来るようになるだろうって、そう思ったんじゃないですかね。とにかく、もう1匹貰ってこようかという話をしていたとき、母の知り合いにメスの猫を飼っていた人が居て、じゃあお見合いさせた相手との間に出来た子猫の1匹がこの子なんです」
自分の出生の秘密を暴露されても、人の言葉を十分に理解していない頭上の獣は大あくびをするだけだった。
「へー、そうなんだ。何処の子とお見合いしたの?」
「えっと……あはは、そこはあまり覚えてないです」
車に乗ってお父さん、お母さん、妹と行った覚えがあるけれど、何処の家だったかとか、相手がどんな人だったかもあまり覚えていない。
「あ、でもそのお家に私と同じくらいの歳の女の子が居たことは覚えてますよ」
「そうなんだ。名前は?」
「えっと…………うーん…………忘れました」
「小山さんって結構忘れっぽい?」
うっ、痛いところを。
「それはあるかもしれません。多分、勉強が趣味なのもそれが原因かと」
「へ? 何で?」
「物覚えはあまり良い方ではなかったので、繰り返して勉強していたら好きになったから、実はそうなのかなあと」
「いやあ……それは関係ないと思うよ?」
「そうですかね?」
「うん。あたしも繰り返して勉強しないと覚えられないタイプだけど、別に勉強好きにならなかったし、そもそも繰り返し勉強しようとか思わないし」
「そんなものでしょうか」
「うん。というか小山さんってちょっと変わってるね」
「えっ」
そ、そんなこと……ない……よね?
また男女の違い? それとも単純に私が皆と違うの?
「一時期、テストの点数ヤバくて『漫画で分かる』とかいうタイプを図書室で借りてみたりしたけど、興味出たのは歴史くらいだったかなあ。とは言っても、歴史も戦国時代の武将がどうとかばっかりで、田沼何とかとかペリーが開国しろだのとか、そういうのには全然興味無かったからねー」
「ああ、確かに私のクラスにも凄く武将に詳しい女の子は居ましたね」
私の言葉に突然、凄い口調で否定する岩崎さん。
「べ、別にあたしは言うほど詳しくはないからね!?」
「……? は、はい?」
そこまで必死に否定するのは何でだろう。まあ、別に詳しくてもそうでなくても構わないのだけど。
「こほん。それはさておき、そんなに忘れっぽいなら手帳とか持たないの?」
「えっと、父が会社で貰ってきた手帳なんかを一時期使っていたんですが、最近あまり使ってないですね」
「会社で貰うのって真っ黒の可愛くないやつじゃない?」
「そうです。会社のマークが入ってて、ポケットサイズの真っ黒なヤツです」
あの手帳は持ち運びには便利なんだけど、書き込める部分が少ないのが難点だった。それとシャーペンとかを挿すところが無かったから、たまにペンが無くて書けないとかあったなあ。
「えー、そんなのオジサンっぽいし、可愛いの買いなよー」
「あはは……そうですね」
高校3年生にもなり、受験とかも考えなきゃいけないから、日付を意識するためにも手帳を買おうかな。可愛いのは……ちょっとアレだけど。
ようやく遠目に『菖蒲園』が見えてきて、ふと疑問が脳裏によぎった。
「そういえば、寮長さんって何処に住んでるんでしょうね?」
「え? 寮じゃないの?」
「うーん。でも、寮の中で見たことってまだ無いんですよ。私が借りている部屋に案内してもらったとき以外、ですが」
「そうなんだ。うーん、どうだろう。とりあえず寮に戻っとけばいいんじゃない?」
「そうですね。居なかったら、そのとき考えましょうか」
「そうそう、どうにかなるなる、くらいで考えておけばいいんじゃない? でも、いちいち寮長さんに猫飼っていい? とか聞きに行ったら駄目って言われそうだよね」
「もしそうなったら、実家に連絡して引き取ってもらうことにします」
まあ、あのお母さんの様子だと何か隠している気がするから、そう簡単に事が進むとは思えないけれど。
……ってそれ以前に、この女装したまま実家に戻れないよね。息子が帰ってきたら娘になっていました、みたいなことがあったら家族皆困惑するだろうし。いや、娘にはなってないけれど。
まあつまり、妹を呼んでテオを引き取ってもらうことも出来ない訳で――
あれ?
もしかして私、詰んでない?
現状だと、誰にも違和感というか変な目で見られずにテオを渡す方法が無い気がしてきた。
女装したまま家に帰ったり、妹に会うのは絶対マズイ。じゃあ、男装したフリをして男物の服を着て実家に戻ればいいと思ったけれど、男装していたら男装していたで、今度はこの学校から家まで歩く間にクラスメイトに会ったら、男装趣味系女子だとクラスで噂されるかも。まだクラスメイトにはあまり顔は覚えられていないと思うけれど、それでも、うーん……。




