第16時限目 勇気のお時間 その43
だって、あの大隅さんが、神妙な顔をして、将来について考えてる、とか言われたらそりゃあ心配になるよねって。
何か悪いものを食べたか、ドラマか何かの影響を受けたかってくらいしか思いつかなかったのだけれど。
「今回の、お前の事故で色々考えたんだよ。あたしもいつまで、こんなことしてて良いのかって」
いや、流石に高校生でそこまで悩むほどでも……と言いたい気持ちはあったけれど、どうやら本気の、真面目な話のようだし、多分私自身あまりなんともなかったけれど、きっとそれほどまでに事故が酷かったんだろうと思うから、私も茶化さない。
「自分がやりたいことがいつまで出来るかとか、このまま3年生で卒業して、何が出来るんだって」
「……」
「それとな。ずっとあいつら……ケンとか、ガキんちょたちの面倒を見てやっていたつもりだったんだが、今回の事故でケンの気持ちを十分分かってやれなかったとか、さっき……なんだ、その、小山にめちゃくちゃ怒られたのとかでも、自分の視野っつーか、考えが甘かったなって思ったんだ。で、ケンたちがあたしを受け入れてくれたから、今までやってこれただけなんじゃねーかなって思ったら、あたしはこれからどうすべきなんだろうって、ちょっと真面目に思ったわけだ」
「そっか」
大隅さんの、さっきの言葉の真意がようやく見えてきた。
「つまり、もうちょっと真面目に色々勉強したりしてみたいってこと?」
「勉強はしたくないがな」
「……」
分かったつもりだったけれど、全然分かってなかった。
「いや、まあ……勉強とかはしたくはないんだが……少しだけだが、学ばなきゃいけないこととか、なりたいものは分かった……気がする」
「ん?」
私の疑問符に、大隅さんは1度大きく息を吸ってから、言った。
「保育士……ってか、子供の面倒を見る仕事をやりてーんだ」
「……そっか」
驚きが無いわけではないけれど、良く子どもたちと遊んでる姿を見ると、活き活きしていると思ったし、性に合っているのかもしれないとは思う。
「まあ、思いつきで決めていいのかは分かんねーんだけどな」
少しだけ曇った表情で、大隅さんが言う。
「でも、まあ……なんだ。今までは学校もつまんなくて、いつもなんとなく生きてたのに、ケンみたいに困ったやつを何かしたいとか、何かになりたいなんておもったのは、多分ガキんときに戦隊モノのヒーローになりたいと思ったのを除けば初めてかもしれんと思ってな。自分の思いを大事にしてみるのもいいかなとか、まあ柄にもないことを思ったわけだ」
軽く笑い飛ばす大隅さんの目は、それでも真面目なものだった。
だから、私も素直に答える。
「自分のやりたいことを、単純に仕事にするのが必ずしも良いとは限らないって言われたことはあるんだけど……でも、少なくとも何かやりたいって思うのは間違いじゃないと思うから、良いと思う。もちろん、私が手伝えることがあれば手伝うし」
「すまねえな。まあ、まだなんとなくなりたいって思っただけで、何にも分からん状態だから、これから調べなきゃいけねーんだろうけど。なんだ、その……」
ちょっと視線を逸しつつ、
「晴海とはまあそれなりの付き合いだが、会って大して経ってねーはずなのに、小山は、その……なんだ、こう……ダチだと思ってるからな。ちゃんと話だけ、しときたいと思って」
想像していなかった……いや、そう思いたいとは思っていたけれど、大隅さんもちゃんと友達だと思ってくれていたということを、脳に伝達するまでちょっとだけ時間が掛かって。
「……うん。ありがとう」
私も、ちょっと嬉し恥ずかしみたいな気持ちになりつつも、頷いた。
大隅さんと私の様子をじっと見ていた中居さんは、
「ちゃんと言えたねー」
と中居さんがうんうんと頷きながら言う。
多分、私と同じようにちょっと恥ずかしくなったのだろうと思う大隅さんが、
「んだよ、晴海は何かなりたいものねーのか」
とぶっきらぼうに話を振る。
「ん? んー……なにかになりたいってのは、ないといえばないかなー」
と微妙な反応をし、にっひっひと笑ってから続けた。
「でもま、アタシもそろそろマジで考えなきゃヤバたんビームなんだよね」
「何だよやばたんビームって」
「何かこう、色々出ちゃうぐらいめっちゃヤバイ! 的な?」
「訳わかんねー」
私も大隅さんと同意見だったけれど、言われた中居さんは意に介さず、
「あー、将来的になりたいものは1つあるんだよねー」
と付け加えた。
「ん? 何だよ、ホントはあんのかよ」
「んにゃー、なんてーか……職業? って言えるか分かんないし、言うのちょっと恥ずかしかっただけじゃん?」
「あん? 言うのが恥ずかしい夢とかあるのかよ」
「いやー、ストレートに言うのはやっぱ、ちょっちねー」
言いながら、少しだけ頬が赤くなる中居さん。
「何だよ、笑わねーから言えよ」
「んー……オッケー」
中居さんも、ちょっとだけ覚悟を決めた感じで言った。
「お嫁さん、になりたいかなーって」
「…………お前、本気で言ってんのか?」
笑いはしなかったけれど、ちょっとだけ呆れ顔だった。
「そりゃ本気っしょ! 星っちだってあるっしょ? 結婚願望!」
中居さんにビシッ、と指差されて「うーん……」と悩む大隅さんは、
「どうだろうな、あたしには分からん」
とつれない回答が返ってきた。
「えー、星っちならこう、めっちゃ子沢山になってそうじゃね?」
「そうかぁ?」
「あるっしょー。肝っ玉母ちゃん的な感じで」
ちょっと想像してみた。
……うん、好き勝手する子供の首根っこをひっ捕まえて怒鳴ってるのがちょっと想像出来る気がする。
何ならお尻ペンペンみたいな。
あれ、最近そんなの見たような?
「そういうお前だって、何だかんだで子沢山になってるんじゃねーの?」
「んー、どっかなー。そうかもねー」
そう言ってから、中居さんはこちらの顔を覗き込むようにして、
「じゃあ、こやまんは?」
「えっ」
そこで私に振る? と思ったし、そもそも性別分かってる中居さんが聞く? とも思ったけれど、まあ中居さんが聞かなければ、大隅さんが話題を振っていたかもしれない。
「こやまんならどんな家庭が良い?」
「え、ええっと……」
ただ、完全にノープランで、回答を準備していなかったから、慌てて頭を捻った。
「どうなんだよ。あたしらも言ったんだから、小山も言えよな」
「いや、星っちのはアタシが想像で言っただけじゃん?」
「あたしはちゃんと夢は話しただろ? 小山の将来設計だよ、聞きてーのは」
むむ……どう、っていっても。
「結婚は……そうだね、したいと思う。でも、家庭とかも全く想像できてないから……」
それは、女のフリをしているからでなく、本当に完全に考えていなかっただけの話。
「んじゃー、あれだな」
「ん?」
大隅さんが立ち上がって、何故か拳を握っていた。
「この夏は小山のなりたい自分を見つけようぜ!」
「え、ええー?」
「拒否権はねーからな! それが嫌なら自分で探して、教えろよ」
むう、自分がやりたいこと決めたからって……。
「せ、せめて秋まで……」
まあ、多分それ以上後回しにすると、流石に進路変更も難しくなる気はするから、進路を決める本当のデッドラインだとは思うけれど。
「なんだ、ヘタレだなー」
私の言葉に、少しだけうーんと唸ってから、ポンと手を打った大隅さん。
「んじゃあれだ。秋の修学旅行のときに発表だな」
「あ、いいタイミングじゃん!」
中居さんも乗ってくる。
「え、ちょ、ちょっと……」
「駄目だ、それ以上は待たねーぞ」
「う……」
確かに、2人の将来設計(仮)を聞いた手前、全く何も話さないというのはどうかとは思うけれど、いつまでに決めろ! と断言されるのもうーん……。
「決まりだな! ちゃんと考えとけよ! 後、修学旅行は一緒の班だからな!」
「あー、でもこやまんの人気、アゲアゲのやばやばだからなー」
「良いんだよ、無理やり連れて行くからな!」
そう言った大隅さんは私の隣に腰掛けて、
「つーわけで、今後ともよろしくな!」
と言いつつ、頬を寄せた。




