第16時限目 勇気のお時間 その42
「何だ? 幼女に囲まれてご満悦って感じだな」
はっはっは、と大笑いする大隅さんを中居さんが小突く。
「星っち、片方はうちのクラスの子だよ」
「は? そんな訳が……」
大隅さんが私の横をじっと様子を見て、
「……そういや、左の方は見覚えがあるな」
と眉をひそめながら答えた。
いや、まあ私もあまり人のことを言えないけれど、クラスメイトに対しての反応としてはどうなのと思わないでも……あ、うん、やっぱりやめよう。
素直に言って、未だに2割くらいの子の名前と顔が一致しないから、これを言うと間違いなく自分に跳ね返ってくるし。
「ちなみに、逆の方の子は猫ちゃん抱えて、こやまんのところまで来た子だよね?」
「……」
状況を覚えられていて不満だったのか、それとも恥ずかしかったのか、みゃーちゃんはうんともすんとも言わない。
「あー、そういやそんなこともあったな。あんとき、ギャン泣きしながらうちのクラスまで来てたっけなあ」
大隅さんがケラケラ笑いながらそう言うと、
「……帰る」
とむくれ顔のみゃーちゃんが立ち上がって、部屋を出ていこうとしたから、私は膝に乗ってたテオを飛ばしながら立ち上がり、腕を掴んでから、元の場所にそっと腰を下ろさせた。
飛ばされたテオは非常に不服そうだったけれど、ごめんね、ちょっとだけ待ってて。
「大隅さん」
「な、何だよ」
私がちょっと低い声で大隅さんを呼ぶと、私の真面目トーンにちょっと驚いたみたいで、神妙な表情になった。
「みゃーちゃんに謝って」
「んあ? なん――」
「謝って!」
私自身、あまり出したこと無いボリュームまで上げて言うと、まだ理由ははっきり分かっていない様子だったけれど、
「す、すまん……いや、ごめんなさい」
と大隅さんは言ってから、頭を下げた。
「……」
しばらく、ぷくっと膨れたままのみゃーちゃんだったけれど、
「……許すにゃ」
と私の膝に戻ってきて、また丸くなったテオを撫でながら、そう言った。
「ありがとね、みゃーちゃん」
私がそう言って、頭を撫でると、みゃーちゃんは強張らせていた表情を少しだけ緩めた。
しかし、言うことは言うべき、と思って行動したものの、ちょっと空気が悪くなってしまった。
さて、これからどうしようかと思ったら、
「こやまんはパパかと思ってたけど、ママだったかー」
と中居さんが話を転がしてくれた。
「いや、そういう問題じゃないと思うけど」
苦笑しながら私がその話に乗っかると、
「そういう問題でしょー? 近所のヤンキーにめっちゃ怒る近所のオカンって感じで」
「誰がヤンキーだ」
「誰がオカンだ」
とほぼ同時に大隅さんと私がハモった。
「……」
それにちょっと何か思うところがあったのか、また黙りこくった大隅さん。
そして、その様子を見て、何か思うところがあったのか、
「……準、またね。テオと遊びに来るから」
と言いながら、ベッドからひょいと下りた花乃亜ちゃんが私……とみゃーちゃんを見たような気がする。
それがおそらく気のせいではないだろうと思ったのは、その直後に、
「……みゃーもホントに帰るにゃ。ノワールの面倒も見なきゃいけないから……またにゃ」
と言って、みゃーちゃんも出ていったから。
うーん、まあ気を使わせてしまったというか、居心地が悪くなってしまったかな。
2人が出ていってからしばらく音が無くなって、
「……あ、そういえばずっと立ちっぱなしだけど、ベッドでも椅子でも、座っていいよ」
と私は今更ながらそう言った。
「お、おう……」
私のさっきの剣幕に驚いたからか、まだ若干おっかなびっくりな様子で勉強机の椅子に座った大隅さんと、みゃーちゃんが居たところに入れ替わりで座った中居さん。
「とりあえず、こやまん無事退院できて、おめっす! ハイタッチ!」
多分、大隅さんがちょっとだけ凹んでいるだろうと思って、代わりに話を切り出した中居さんが手を高く上げるから、私もそれに合わせてハイタッチ。
「ほら、星っちもハイタッチ!」
「あん? あ、ああ……」
私の手を指差して中居さんが言うけれど、まだ少し躊躇いがあるみたい。
なので、私の方からずかずかと近づいて、無理やり右手を上げさせてから、
「いえーい」
と凡そ自分のキャラらしくはない感じで大隅さんにハイタッチ。
「お、おう……」
多分、私のキャラ崩壊とかさっきまでの怒りとのギャップに、脳が追いついていないのかもしれないけれど、私はまた元の位置に座り直す。
「病院行ったら、こやまんはもう退院しましたけどーって言われたから、こっちに来たけど、ビンゴだったじゃん?」
「ああ、ごめん。正式な退院の時間、連絡してなかったね」
大隅さんたちには退院の日は教えていたけれど、病院の状況によって時間が前後するかもしれないから、後で連絡することにしていたのだけれど……えー、まあ忘れていました。
「まあ、でも無事に帰れたならオッケーじゃん。途中で行き倒れてたりしないかちょっちだけ心配だったけどさ」
「そこはまあ、妹が付いてきてくれたからね」
「あー、あの子かー。真面目でいい子っぽいよね。ね、星っち」
「ん? あ、ああ……」
中居さんが大隅さんにそう話を振るけれど、上の空だったらしい大隅さんは気のない返事をした。
うーん、これはちゃんと言葉にしなきゃいけないかな。
「別にもう怒ってないよ?」
私の言葉に、そう言うと大隅さんは、
「そうじゃなくて……いや、まあそれもあるんだが……」
とやっぱり曖昧な態度を取るけれど、何か吹っ切れたのか、頭を掻きながら切り出した。
「今まではずっと、あいつら……ケンたちみたいなガキんちょをしっかり見てやってたつもりだったんだが、実際は気兼ねなく言い合えるあいつらに甘えてたんだなって」
「……ん、どういうこと?」
なんとなく言いたいことが分かるような気がするし、分からないような気もする。
「いや、最近将来のこととか考えるようになってな」
「……だ、大丈夫? 何か変なものでも食べた?」
「おい、失礼だな!」
大隅さんが腹を立てて、そんなことを言ってくるけれど、私だって割と本気だったりする。




