第16時限目 勇気のお時間 その38
「てか、アタシ以外にもめっちゃ見られてるし」
私の陰に隠れながらそう言う中居さんの言葉に、私と大隅さんがほぼ同時に建物の方を見上げると、確かに窓からこちらを見下ろす人の姿が幾つも見えていた。
「お……おぉい!? 見せもんじゃねーぞ!」
肩で息をしながら大隅さんがぶんぶんと手を振り回すと、一部まだ残っている人も居たけれど、大半の人が離れていった。
その多くは笑いながらだったけれど。
「やだわー、怖いお姉さんねー、ケン君」
「んだとコラ!」
煽られた大隅さんが、私の背後でけらけら笑っている中居さんににじり寄ってくるから、私は万策尽きたとばかりに天を仰いでいると、
「相変わらず、準の周りってやけに賑やかだよねえ。ここは病院なんだから静かにしないと周りに迷惑でしょ」
冷めた感じの口調が、私の周りのわいわいがやがやを打ち破るように聞こえてきた。
私のせいじゃない! と心のデッドボールを投げてきたピッチャーに視線を向けると、センターに真帆を置いた、正木チームの3人がいつもの感じで並んで立っていた。
「な、何だ、岩崎かよ」
さっきまでの様子を見られていたのかと、大隅さんはやや慌てた様子だったけれど、真帆はそれ以上、そっちの話には突っ込んでこなかった。
「お見舞いに来たのに居ないと思ったら、こんなところで不良と遊んでるし」
「あ、あはは……」
何だかここのところ、誤魔化し笑いばっかりしているような。
「いいだろ、別に。ちょっと、色々あったんだからな」
「んだねー、色々だねー」
「おい、晴海。半分くらいお前のせいだろうが!」
「にゃっはー、まあ半分はアタシだけど、残り半分は星っちの自爆っぽー」
「んだとぉ!?」
また余計な一言を追加した中居さんが両手を上げつつ逃げ、それを追いかけて大隅さんが走り去り、
「あ……ちょ、ちょっと待ってよー」
知らない正木さんたちよりは知っている2人に付いていった方がいいと判断したらしく、健一郎君は大隅さんたちの後を追いかけていった。
で、残された私と、いつもの3人。
「いやー、皆、元気だねー」
頭の上で腕を組みながら、都紀子が笑う。
「まあ、そうだね」
「そうだねで済ませて良い問題じゃないでしょ、アレ。子供同士の喧嘩にしか見えなかったんだけど」
はあ、と深い溜息と共に小さくなった3人の背中を見て、真帆が言う。
「大隅さんが言ってたみたいに、皆が来る前には色々あったからね。それと、お見舞い来てくれたんだね、ありがとう」
「まあ、多分暇してるだろうと思ってね」
「ご明察」
本を読むのは特別早い方ではないのだけれど、人が来ないととにかく暇で、花乃亜ちゃんから借りた本も全て読み終えてしまったから、同じ本の2周目に入っているところだったりした。
かといって、もうそろそろ退院だからまた花乃亜ちゃんに持ってきてもらうのも申し訳ないし。
「あの、お見舞いは間違いないんですが……この子が……」
そう言って、正木さんが背後を振り返る。
「小山さんたちをずっと見ていたから、お知り合いかなと
正木さんの後ろに立っていた子を見て、ああと声を出した。
「どうしたの?」
「……あの!」
意を決して発言した少年……じゃなかった、少女はつかつかと歩いてきて、私に指を突きつけた。
「もうすぐ、退院するんでしょ!」
「う、うん」
「手、出して!」
「え、あ……はい」
言われた通りに私が手を差し出すと、小さな手はポケットから何かを取り出し、ぎゅっと私の手に握らせた。
「一応! 一応、お礼だけ、言っておくから」
「???」
私が話を飲み込めない中、少女は勝手に言葉を続けた。
「本、私も頑張って読むから」
「……」
「後、好きなものは好きって、ママにも言うから」
「……そっか。そうだね、それがいいと思う」
そして、最後に。
「あ、ああ……あり、ありが、ありがと!」
少女は手を離して、言い逃げした。
……せめて、どういたしましてくらい、言わせてくれても良かったのに。
「……誰だったの?」
疑問符を浮かべている真帆に、私は答えた。
「うーんと、私と同じでここに入院している患者さん、みたい」
それ以上の細かい事情は伏せておく……というかそもそもあまり知らないのだけれど、私はその言葉の後に、
「どうやら、悩んでいたことが吹っ切れたみたい」
とだけ付け加えておいた。
健一郎君や彼女が元気になったのであれば、私がこうやってちょっと痛い思いをしながらも、ここに入院したのは意味があったのかなと思う。
「へー、いいことしたねー、準にゃん」
「事情は良く分かりませんが、あの子が小山さんから、何かのきっかけを掴んだのであれば、それはとても良いことだと思います」
肘で私の脇を軽く突く都紀子と、笑顔の正木さんはそう答えてくれた。
事情が飲み込めないからどう反応するか悩んだらしい真帆は、うーんと考え込んでから、
「んー……? ま、良く分かんないけど、いいことしたんならいいんじゃない?」
と何だか雑ではあるけれど、私の肩をポンポンと叩いて、目一杯の笑顔をくれた。




