第16時限目 勇気のお時間 その25
「だからみゃーは、準が今の学校が楽しいと思えるなら、無理に学校から出ていく必要はないと思うにゃ」
「……」
それでも、首肯することは出来なかった。
ここで「そうだね」と同意してしまったら、自分の行動を正当化してしまうことになる。
だから、ずるいけれど代わりに、
「もし、今の学校に留まるなら、誰かのためになることをしたいなとは思ってる」
とだけ答えた。
「それならそれで、良いと思うにゃ」
ひょい、と椅子から下りて、みゃーちゃんが言う。
「みゃーは少なくとも、まだ準には今の学校に居て欲しいと思うにゃ」
本当に、最初に会ったときのツンツン具合から考えると、同じ子だとは思えないくらいだなあと思う。
そして、そう変わったきっかけの1つが、私と出会ったことなのであれば、なお嬉しいとも思う。
「そっか。そう思ってもらえると嬉しいよ」
「ん。とにかく、入院で時間があるんだから、ゆっくり考えるといいにゃ」
そう言ったみゃーちゃんはぴしっと立ってから言った。
「じゃあ、みゃーもそろそろ帰るにゃ」
「うん」
「早く治して、学校に戻ってくるにゃ」
「そうだね。頑張るよ」
満面の笑みのみゃーちゃんが、てってってと病室を出ていった。
残ったのは静寂だけ。
「……」
本当に、嵐みたいに皆が入っては出て、入っては出てをしていたから、ようやく本当に落ち着ける。
「……喉乾いたなあ」
なにか飲み物でも、と思ったけれど、流石にまだ体が痛むからベッドを下りられない。
かといってこんなことのためにナースコールを鳴らして良いのかなと考え、うーんと小さく唸っていたら、また入り口のドアの向こうから誰かが覗いていた。
えーっと、まだ来てないのは誰だったかな?
太田さんと桜乃さんと……いや、あの身長からすると花乃亜ちゃんの可能性も……。
まあ、誰であっても待っていればその内に入ってくるだろうし、ひとまずは今の悩みを解決する方を優先しよう。
……と思っていたのだけれど、他の子たちとは違って、いつまで経っても入ってこない。
静かだから、視線を外しているとどこかへ行ってしまったのかと思うのだけれど、さっきと同じ場所に視線を向けると、
「……」
と無言でじっとこちらを凝視してくる。
「えっと、どなた?」
「……」
「あ、開いてますよー?」
いや、誰が見たって扉が開いているのは分かる。
ただ、これだけ待っても入ってこないとなると、もしや私が疲れた様子を見せていたせいで、入るのに気兼ねしてしまったのかとか、なにか入ってほしくないオーラ的なものを出しているように見えたとか、そういうことを感じてしまったのかもしれないから、入っても良いよという意味でそう言ったのだけれど、やはり反応が――
「知ってるもん」
「……んん?」
花乃亜ちゃんくらいの身長ではあるものの、花乃亜ちゃんの、大人しくてやや大人びた感じとは違い、幼いというかちらりと見えている姿に相応の声色が聞こえてくるのだけれど、それじゃあ一体……?
よく見ると、足元には白い裾……私が着ている入院者用の服装。
とすると、もしかして私と同じように、ここで入院している子?
「あ、あの、ごめんなさいね……もしかして、うるさかった?」
私をじっと見ている、かつさっきまで色んな人が来ていた、かつ可能な限り好意的な解釈をすると皆元気が良かった、イコール「ちょっとうるさいんだけど!」というカチコミ。
脳内でこんな方程式が作り上げられたから、私が先んじて謝ったのだけれど、
「……違うもん」
と不満そうに言葉を返してきた。
うーん……?
「準ー、渡し忘れたものが……ん? 誰にゃ?」
そんな一触即発……とは程遠い、一方的な狙い撃ちのシーンに緊張感なく入ってきたのは、さっき出ていったばかりのみゃーちゃん。
「……!」
みゃーちゃんと遭遇したことで、人間と鉢合わせした猫が如く、ぴゃっと白い裾と女の子は消え失せた。
私があらら……と思っていると、
「何だったんだにゃ?」
と脳内の疑問符を隠さないみゃーちゃん。
「さあ……さっきからずっとそこから覗き込んでいたんだけど、どうぞと言っても入ってこなくて」
「ふーん……? 良く分からんにゃ」
「うん、私も。……あ、それで何か渡すものって?」
私が話を元に戻すと、
「あ、そうだったにゃ。これを準に渡しておくにゃ」
とみゃーちゃんが何かを差し出した。




