第16時限目 勇気のお時間 その22
ひとしきり話をした後、正木さんたちが帰って、少し静かになった病室。
ちょっと寂しいような、落ち着いたから安心したような気持ちを綯い交ぜにして、窓の外を見ていると、
「小山さぁん! 大丈夫ぅ!?」
とまた騒がしい人が入ってきて、少し安心したような、そしてまた頭痛の種が芽を出したような気がした。
「真弓、病室なんだから静かにしろ」
生えてしまった芽を、さてどうしようかと思っていたら、頭頂部めがけて飛んできたチョップにより、咲野先生は「んげふっ」と凄い声を出して止まったので、どうやら水はやらなくても良くなったらしい。
そして、そのチョップを放った張本人の益田さんは、
「小山さん、大丈夫か? 交通事故に巻き込まれたと聞いたが……」
と少しだけ曇らせた表情で、病室に入ってきた。
「咲野先生、益田さん、ありがとうございます。大丈夫ですよ、この通りピンピンしてます」
私がそう笑顔で腕をまくってみせると、
「はあぁぁぁ……良かった……。いや、マジで心配してたんだよ!」
と咲野先生がベッドに倒れ込むようにして、崩折れた。
「なんですか。頼んだら色々してくれる便利な子が居なくなったら困るからですか」
私が冗談めかして言うと、
「そうそうー、ってなんでやねん!」
と咲野先生がノリツッコミでそう言ってから、すっ……と真面目な表情になって、私の頬を突いた。
「……本気で心配したんだからね。あたしの仕事はクラスの皆を無事に大学とか就職とか、希望の進路に届けることなんだから、ちゃんと面倒見させてよね」
「はっ……はい」
咲野先生の、こんな真面目な表情、見たことがない。
ちょっと普段と違う表情に、少しだけどぎまぎしていたら、すぐにふにゃっと表情が緩んだ。
「ってかさ、小山さん聞いてよー。あたしが授業してる場合じゃないから、すぐに病院行ってくる! って真雪ちゃんに言ったらさ! 無事だっていう連絡が入ってるから駄目だ、って冷たく言うんだよ? 普通さ、担任ならそうは言っても、行きたくなるもんじゃん!? でさ、せめて午前中だけでも休んで……て言ったけど駄目だって! 行かせてくれていいと思うんだけど!」
「お前が言いたいことは分からんでもないが、小山さんの状況が分かっていないのであればいざ知らず、放課後に行っても問題ないと分かっているのであれば、真雪だって他の生徒の授業を放棄してまで病院に来ることを許可出来ないだろう」
後ろで聞いていた益田さんが腕を組み、溜息を吐きながらツッコミを入れた。
「綾里までこんなこと言うんだよ! 酷くない!?」
ひーん! と私に泣きつく咲野先生だけれど、
「いや、まあ……先生の気持ちは嬉しいですが、先生は先生のお仕事があるので、皆が言っている通りかなと……」
私がそう言うと、
「あれーっ!? 小山さんまで味方してくれないのーっ!?」
がーん、と効果音が付きそうな大袈裟な表情と態度で咲野先生が不満を噴出させた。
あはは、と私が苦笑していたら、
「まあ真弓はさておき、本当に元気そうで何よりだ。大丈夫というのが、一応形は留めているというような状態だったらどうしようかと心配した」
「それは流石に大丈夫とは言わないのでは……」
「はっはっは、まあそうだな」
益田さんが大声で笑う。
そういえば、最初のやけに高いテンションのときを除けば、こんなに大笑いしている益田さんを見るのは初めてかもしれない。
「だが、無事とは言っても、しばらくは入院だろう?」
「あ、はい」
私はお医者さんから言われたことを伝えると、
「そうか。じゃあ、しばらくは部屋には戻れないだろうから、私の方で部屋を掃除しておこう。そういえば、猫の……名前はなんだったかな?」
「テオです。テオドール」
「そのテオドールちゃん? くん? はどうする?」
「あ、えっと――」
「みゃーが面倒みるにゃ」
益田さんの言葉に返そうとしたら、入り口から飛び込んできた声が、私の声を上書きした。
あれ? と入り口に目をやったら、大きな麦わら帽子が浮いていた。
……いや、まあそれは冗談として、みゃーちゃんが不釣り合いな大きめの麦わら帽子を被って、立っていた。
「あれ、みゃーちゃん?」
「美夜子、1人で来たのか? すぐに戻るから、公香と待っていろと言っていただろう」
「みゃーだって、準のこと心配なんだにゃ。だから、坂本先生に入り口まで連れてきてもらったにゃ」
てくてく、と私の隣まで歩いてきてから、帽子をベッドの上に置くと、
「準、大丈夫にゃ?」
と私の傍に立った。
「うん、大丈夫。心配掛けてごめんね」
「ホントにゃ。準がどうかなったら……っ」
言いながら潤んでしまったのか「ちょ、ちょっと待つにゃ……」と明後日の方を向いてから、しばらくぐしぐしと目を擦ってから、
「どうかなってたら、テオも困るんだにゃ。だから、気をつけるにゃ」
と、初めて会ったときからは想像もつかないような、優しい声色でみゃーちゃんがそう言うから、
「うん、そうだね」
と私も出来るだけ優しく返した。




