第16時限目 勇気のお時間 その21
笑みを崩さない都紀子に、私も笑顔を返していたら、
「じゃあすまねえが小山、今日は帰る。あのおチビが気になるからな」
と大隅さんが言いながら、片手を挙げた。
「あ、うん。健一郎君によろしく言っておいて」
「ああ。また来るからな」
「あ、星っち待って待ってー、アタシも帰る。んじゃ、こやまん、また来るねー。ばいばー」
両手を左右にひらひらしてから、中居さんが大隅さんの背中を追いかけていったのを、こちらも手を振りながら見送ると、
「……何かあの2人、結構変わったよね」
なんて零すように、真帆が言葉を発した。
「そうかな」
「準と絡むようになってから変わったと思ってたけど、最近は特にね。昔のあいつなら、さっきみたいなときに自分からやるなんて、絶対言わなかっただろうし」
比較的良く会っているから私には分からなかったけれど、普段はあまり会わない叔父さんとか叔母さんが「大きくなったねえ」と言ったりするのと同じ感じかもしれない。
「先生たちもちょっと見直してきてるらしいし、準のお陰かもね」
「そうかな……そうだと良いね」
「ま、あいつらのことはどうでもいい! それよりも、準!」
「ん?」
強制的に話題を変えてきた真帆に、疑問符のボールを返す。
「プール清掃はまあ置いといてさ。元気になったら、皆で水着買いに行こ」
「……え? う、うん、良いけど……どうしたの?」
唐突……という程ではないけれど、どうしたんだろう。
「いやさ、良く考えたらもうすぐ夏じゃん?」
「う、うん」
「で、今年は受験でしょ?」
「そうだね」
「つまり、高校最後の夏ってわけじゃん?」
……何となく、言いたいことが分かってきたような。
「ってことで、今年の夏は遊べる最後なんだから、遊ぶしかないじゃん!」
「ああ、うん、まあ……」
やっぱりあれだ、現実逃避。
「ふっふっふ。で、どこに遊びに行く? って相談をだね……」
悪代官みたい表情で真帆が言うから、私は苦笑いで受け取っていたら、
「あ、それなんだけどねー?」
と、普段は聞き役になることが多い都紀子が珍しく口を挟んだから、皆の視線が集まった。
「えっと、良かったらなんだけどねー? うちのおばあちゃんが海沿いの、あるところに別荘を持っててねー。良ければ、夏休みにはそこに来ないかって」
「えっ、別荘?」
私、正木さん、真帆は顔を見合わせてから、ほぼ同時に都紀子を見た。
別荘持ってる人って初めて見た……。
「あはは。まあ、おばあちゃんが結構な地主だったのもあって、結構色んな所に土地を持ってるらしくてねー? アタシも小さい頃は良く、ピアノの特訓でよく使ってたところなんだよねー」
「で、でも、借りても良いんでしょうか……。だって、そういうのって家族で行くところでは……?」
恐る恐る正木さんが尋ねるけれど、
「いやいやー、おばあちゃんも最近あまり使ってなかったらしいし、アタシも昔は何度か行ってたけど、ここのところしばらく行ってなくてさー。むしろ、人が入らないと建物も痛むばっかりだから、むしろ使ってくれると嬉しいんだってー」
ふむ、適度に人が入った方が建物は傷みにくいみたいな噂は聞いたことがあるけれど……。
「……あの、気を遣って、ってことはない?」
もちろん、私としては“あのときのこと”を言いたかったのだけれど、私の言葉に都紀子は、
「んー? 何のことかなー?」
と小さく笑い返した。
……ああ、そうか。
そんなことを聞くのは野暮だった。
変な空気になる前に話を進めよう。
「うん、もし都紀子の家が良ければ、使わせてもらいたいな」
「オッケー、おばあちゃんに言っとくよー。あ、ただし」
「何?」
都紀子の言葉に身構えた真帆。
もしかして、宿泊費おいくら……みたいなことを心配したのかもしれないけれど、都紀子は笑いながら続けた。
「今年は受験だから、勉強の合宿ってことで、タダで使わせてくれるって話だから、ちゃんと勉強しないと怒られちゃうからねーって話」
「うっ……やっぱ、そう甘くはないかー」
「いや、十分じゃない?」
正直なところ、私としてはそういう場所を提供してくれるだけで十分だと思う。
「あ、もう1つだけー」
「今度は何?」
「結構田舎だから不便なんだよねー。だから、コンビニとかに行くとかは出来ないのだけ覚悟してねーって」
「……何かちょっと不安になるんだけど」
「にゃっはっは、大丈夫大丈夫。お菓子とかは色々準備しとくからさー」
「でも、楽しそうですね、合宿」
両手を合わせながら、正木さんが喜びの表情を見せる。
「おっし、まあ勉強は置いといて、やっぱり水着は買いに行かなきゃだし、準も早く治して一緒に買いに行くよ!」
「うん」
置いといちゃだめなんだけど……まあいいか。
また、夏に向けて楽しみが増えた。
……あ、別に変な意味ではないけれど。




