第16時限目 勇気のお時間 その18
「とにかく、体の方は大丈夫なのか?」
ベッドの端に座った大隅さんが尋ねてくる。
「ああ、うん。ただの擦り傷と捻挫だけだから、すぐに退院出来るだろうって」
「は? 擦り傷と捻挫だけ? いや、それでも怪我は怪我だが……あの車、結構すげえ勢いでぶつかったのに頑丈だな」
大笑い……はせず、大隅さんは小さく笑った後、周囲を見回してから、こそっと私に近づいて、
「なあ、その医者がヤブ医者って可能性はねーだろうな? 本当に大丈夫なんだよな?」
と再び私の体を触りつつ、言った。
大隅さんが言わんとしていることも分からないわけではないけれど、それは大丈夫……だと思いたい。
「体が大きいから、案外大丈夫だったのかも。それはそうと、あの後って結局どうなったの?」
「あれからか? あれからはな――」
私の意識が無くなった後のことを尋ねると、大隅さんがその後の状況を教えてくれた。
事故直後の現場は騒然としていて、大隅さんも少年……健一郎君も半ばパニックになったまま、私に駆け寄っていたらしい。
しばらくして、大隅さんもようやく救急車を呼ばなければならないことに気づき、掛けるべきは110だったか119だったかを中居さんに聞いたところ、既に呼んでおいたから大丈夫だと答えたと。
「2人がパニックになってたから、むしろ冷静になっただけ、じゃん……ぐしゅん」
鼻をまだずびずびさせながら、中居さんがそう答えたけれど、その中居さんは到着した救急車に乗り込んで、事故の状況も説明してくれたらしいから、大分助かったそうだ。
救急車に私と中居さんが乗り込んでからは少し落ち着いた大隅さんが、警察に事情を説明し、その後は健一郎君を家に送り届けたとのこと。
健一郎君のご両親に事情を話したところ、今度この病室まで謝罪に来るらしく、また事故相手との話も向こうで進めてくれるらしい。
その後は2人共、家に帰……る前に咲野先生たちに電話をしてくれたお陰で、うちの両親にまで連絡が行った、という流れらしい。
「色々とありがとう」
「いや、むしろあたしやケンが……あ、そうだ、ケンだ」
思い出したとばかりに、大隅さんがスカートのポケットから携帯を取り出した。
「ケンのヤツ、お前が死んだかもしれないと泣いて、夜もほとんど眠れなかったらしいから、ちょっと元気な声を聞かせてやってくれ」
「え、そこまで?」
確かに目の前で事故を見てしまったというのはかなりショッキングだと思うし、それが自分を守るために……というのも結構な精神的ダメージを受けてもおかしくはないけれど。
「それだけ、周りから見たらすげー事故だったんだよ」
「マジ、アレはヤバたんだったって……」
大隅中居ペアがはっきりとそう答えるくらいには、どうやら酷かったらしい。
電話を掛けた大隅さんが、
「おう、ケンか? アタシだ。……ん、そうそう、今小山ねーちゃんの病室。……ああ、元気にしてるから、電話変わるぞ。ほい」
と携帯を差し出すから、私は受け取って耳に当てる。
『だ、大丈夫!? 小山ねーちゃん!』
「ああ、健一郎君、こんにちは。うん、大丈夫だよ」
『ご、ごめんなさい……俺……』
「まあ、ちょっとびっくりしたけど、すぐに退院出来るみたいだから、安心していいよ」
『……うん』
出来るだけ気に病まないようにと、精一杯明るい声を出して言うけれど、健一郎君はそれに反して元気が無くなっていく。
僕が元気だったので困る、ということは流石にないとして、じゃあ何故?
その疑問は晴れないまま、
『今度、病院行くから』
とだけ告げられて、電話は切られたから、液晶画面を軽く袖で拭ってから、大隅さんに返した。
「ん? あれ、電話切られたのか?」
「うん、確かに元気が無いみたいだったね」
「そうか……。小山が元気だって分かったら、あいつも元気になるだろうと思ったんだが……やっぱり、よっぽどだったってことか」
「そうなのかも。まあ、僕にもはっきりとしたことは分からないけれど」
「まあ、そうだ……んあ? 僕?」
「ん?」
妙な反応をした大隅さんに、最初は私もクエスチョンマークをそのまま返してたのだけれど、
「お前、僕とか言うタイプだったか?」
と尋ねられ、ようやく自分の一人称で”僕”を使っていたことに気づいた。
「あ、えっと……それは」
しまった……!
完全に油断していた。
そうだ、さっきまでお父さんとお母さんが居たことで、喋り方が少しだけ戻っていたんだろうけれど、全く自分の中ではそんな意識は無かった。
「あの、それは――」
「こやまんは元々僕っ娘だからね」
ようやく落ち着きを取り戻したらしい中居さんが、最後の鼻かみをした後に言った。
「なんだ、そうだったのか?」
「え、あ……うん、まあ」
「女子校に入るときに直させられたんだって、ねえこやまん?」
まだ泣きはらして目が赤いけれど、笑顔で言った中居さんに「うん」と答える。
……もちろん、それは嘘なのだけれど、事情を知っている中居さんだからこそ、そうやってフォローしてくれたようだった。




