第16時限目 勇気のお時間 その17
「いやー、うちの近くのコンビニにはあまり無いものが結構あって、思わず買ってしまったよ。ほら、このプリン、どうだい? 何だっけ、えっと……ああ、そうだそうだ。『プリンセスプリンアラモード』とかいう新商品みたいなんだ。美味しそうだろう? 何がプリンセスなのかは良く分からないけれどね」
首から下げているへろへろのネクタイと同じくらい、だらしない笑顔を見せる一方で、
「お父さん、またそんな甘いもの買って!」
とお母さんはご立腹。
「いやいや、お母さん。ほら、ボクだけじゃなくて準くんもあるしね」
そんなことを言いつつ、私のベッドの横にある机に袋を置いたと思ったら、いそいそと大きなプリンの乗ったデザートのケースを開く。
「って今食うんかい!」
「そりゃあ冷えている内に食べた方が美味しいからね。これはボクとお母さんのだし。ほら」
スプーンでプリンを掬って、お父さんがお母さんにスプーンを差し出す。
「ほら、あーん」
「……全く」
何だかんだ言いながら、それを食べるお母さん。
……変わらないなあ。
マイペースなお父さんと、その行動にぷんすかするお母さんだけれど、何だかんだで仲の良い。
とはいえ、息子の前でいちゃいちゃされてもなあ、と僕が思うと、
「まあ、無事だってことが分かったからいいわ。じゃ、帰りましょ」
「え?」
伸びをしたお母さんの言葉に、私は「もうちょっとくらい居ても……」という言葉が口を衝いて出そうだった。
「お母さん、せめてこのプリンプリンを食べてからじゃ駄目なのかい?」
いや、そこは普通にプリンで良かったんじゃないかな。
「別に、駄目じゃないけどさ……」
すとん、と椅子に座り直したお母さん。
「ああそうか。お母さんは準くんが事故に巻き込まれたって聞いて、大泣きしたから恥ずか、ぶべっ」
プリンなんちゃらを食べつつ、お父さんが発した言葉の途中で、お母さんの鉄拳がお父さんの顔にめり込んだ。
それでも、手に持ったプリンを落とさなかったのは、よっぽどプリンが食べたかったからなのかな。
「余計なこと言わない!」
「余計かなあ」
はっはっは、とお父さんは笑いながら、再びお母さんにプリンのスプーンを差し出しつつ、言う。
「まあ、準くんの友達もそろそろ来るだろうし、そのときにボクたちがここに居ると気後れしてしまうだろうから、そろそろお暇するよ」
にこりと笑ったお父さんと、
「んじゃ、また来るから」
そう言って、さっと歩き出したお母さん。
テオのことを電話したときも素っ気なかったけれど、息子の無事を確認したらすぐに帰っていく。
仕事が忙しい……のかな。
お母さんの後を付いていったお父さんが歩を止めて、
「準くん」
と振り返ってから、私に声を掛けた。
「どうしたの?」
「準くんは、今の学校生活は楽しいかい?」
いつもの笑顔で、お父さんがそう言った。
私は……少しだけ考えて、
「うん」
と答えた。
楽しいか楽しくないかで言えば楽しい。
ただ、性別を偽っているという罪悪感は拭えないけれど。
「楽しい、という顔にはあまり見えないけれど」
少しだけ眉を下げた笑顔のお父さんから言われてしまった。
「相談したいことがあれば言ってくれて構わないよ」
「……うん、でも今は大丈夫」
「そっか。あ、お母さんのことだけど、別に準くんと顔を合わせたくないからではないんだよ。さっき言ったみたいに、事故の連絡を聞いてすぐ、泣きながらお父さんの居るフロアまで来て、ネクタイを掴んでここまで引きずってきたのはお母さんだからね。きっと、安心して緩んだ表情をあまり見せたくないんだろう。だから、許してあげてほしい」
あ、だからネクタイがへろへろなんだ。
「うん」
「まあ、また来るよ。そのときにはまた、何か甘くて美味しいものでも――」
「小山っ!」
「こ゛や゛ま゛ん゛!!」
お父さんの声を遮って、病室に飛び込んできた塊が2つが、私のベッドに突進してきた。
「おい、大丈夫か! 死んでねーか? 幽霊じゃないよな!?」
「いっ……い゛き゛て゛る゛! こ゛や゛ま゛ん゛い゛き゛て゛る゛よ゛ぉ……」
私の顔をぺたぺた触る大隅さんと、鼻水をずびずびさせながら私に縋り付く中居さん。
「二人共、大袈裟だなあ……」
私は苦笑しながらも、そう言ってドアの方を見ると、お父さんの姿は既に無かった。
「何が大袈裟だ! あんなに吹き飛ばされて、ボールみたいにごろごろ転がっていったんだぞ!?」
「そんなに転がったんだ」
西部劇に出てくる……なんだっけ、タンブルウィード? みたいな感じだったのかな。
でも、むしろそのお陰でぶつかったときの衝撃が全て回転に使われたから、擦り傷だけで済んだのかもしれない。
「こ゛や゛ま゛ん゛ーーー、うえぇぇぇ……」
「あ、ああ、うん。中居さんもありがとう」
取り乱し方が尋常じゃない中居さんの頭を撫でる。
「それで……やっぱりしばらく入院なのか?」
「それが――」
「こ゛や゛ま゛――」
「だーっ! うっさい!」
中居さんを引き剥がす大隅さん。
「事故った直後はあんなに冷静だった癖に、何で今になってそんなに泣いてんだよ」
「あ、そうだったんだ」
「ああ。事故の後、真っ先に救急車を呼んだのはこいつだったんだが……ほら、ちーんしろ、ちーん」
まだ中居さんのずびずびしている鼻にティッシュを当てつつ、大隅さんが言う。




