第16時限目 勇気のお時間 その12
再び目を覚ましたときには、既に桜乃さんは居なかった。
ただ、私の頭の下にハンカチがそっと敷かれてあった。
……今度、洗って返しておこう。
すっきりとした気分で寮に戻った私は、予習とか復習が非常に捗ったけれど、その分だけまた夜ふかししてしまった。
ちょっと悪循環。
翌日、バイトの帰り道。
ようやくバイトが終わり、大きく伸びをしながら歩いていると、前と同じ公園の付近で、
「リュウオウジャーのブルーの変身ポーズ、かっこいいよな!」
なんていう少年の声が聞こえてきて、思わず足を止めた。
あ、また居るのかな?
「おう、そうだな! だが、やっぱりレッドだろ!」
……あ、また居る。
少年の声に混じって、楽しそうな大隅さんの声も聞こえてきているから、私も少し気になって、誘蛾灯に惹かれるように公園へ近づいていた。
見れば、先日と同じように少年たちの近くで、階段に胡座をかいて座っている大隅さんが居た。
その前では少年たちがまた特撮ヒーローごっこに興じているみたいで、そんなに頻繁にしてよく飽きないなあと思ったりもする。
「こんにちは」
「お、来た……おぁ!?」
大隅さんが笑顔のままこちらに顔を向け、その直後に硬直した。
どうやら、他の子を待っていたようだけれど、誰だろうね。
大隅さんの妙な反応に、少年たちも集まってくる。
「前に来たねーちゃんじゃん!」
「あ、ホントだ!」
「うん。ここ、バイトの帰り道だからまた寄ってみたんだけど、お邪魔だった?」
私が屈んで少年たちと大隅さんに言うと、少年たちは、
「別に、オレたちはいーよ」
「だよねー」
との反応だった。
一方で、大隅さんはこの様子をあまり見られたくないのか、
「いや、まあ、別に良いんだけどな……」
と歯切れの悪い調子で言うけれど、本気で拒絶している様子ではないから、私は「じゃあ失礼して」と大隅さんの隣に座る。
また、ヒーローごっこを続けるのかなと思っていたら、1人の少年が私に向かって、
「あ、でもさー。おねーちゃん、ヒーローとか知らないんじゃないの? ポーズとか分かんないでしょ?」
と言う。
他の子たちも「知らないんじゃなー」といった感じを醸し出してきた。
その様子を察知した大隅さんが腰を上げ、
「おい、ガキども。自分と同じものを知らないからって仲間はずれにすんじゃねえと何度も言ってんだろうが」
と少年たちを諌めつつ、最初に仲間はずれにしようとしたとも取れる発言の少年の頬をうにょーんとやる。
私がみゃーちゃんにやったみたいな感じで。
「ふぇーい」
「でもさ、ホントのことじゃん!」
「そうだよ!」
他の少年たちも、最初の少年の言葉にやっぱり同調しようとする。
「お前ら――」
「うーん、あまりたくさんは出来ないけど……あ、今やってるリュウオウジャーのレッドなら出来るよ?」
私が大隅さんの言葉に被せつつ、苦笑しながら言うと、
「マジで? じゃあやってみてよ!」
と私を煽った男の子が私に指を突きつけるようにして言う。
なので、ちょっとスカートを気にしつつも、高らかに叫ぶ。
もちろん、ポーズもしっかり付けて。
「燃える炎は正義の証! 灯る炎は勇気の印! リュウオウ、レッド!」
……そう。
実は昨日の夜は、学校の授業の予習復習ではなくて、特撮の方。
子どもたちに限るわけではないけれど、小さい頃って特に仲間意識が強い気がするから、こういうところで仲間に入るためには多分『条件』があるんじゃないかなと思っていた。
今回は少なくとも、特撮がキーになっているだろう、と思っていたから、私はお昼寝させてもらった分だけ、夜の勉強時間をこれに割くことにした。
幸い、寮の無線は2階にも延長されていたため、自分の部屋でも繋げられたから、夜中に頑張って動画を見つつ、覚えられた。
この目論見はどうやら成功だったみたいで、
「うおぉぉぉ! おねーちゃんやるじゃん!」
と子どもたちは盛り上がったし、
「小山、お前……そういうの好きなら早く言えよ!」
と大隅さんも大満足だったみたい。
いや、まあ、喜んでくれると良いな程度には思っていたけれど、あまりに皆がテンション高くなりすぎて、まだ覚えたてだから……という事情説明を、誰も、一切聞いていなかった。
そんな中、
「いやー、テンションぶち上げっしょー」
少年たちに混じって、拍手をする女子が1人。
……というか、クラスメイト。
「……」
「あれ、どったの? こやまん」
何故か、中居さんが立っていた。
「中居、さん?」
「そだよー、はるみちゃんだよー」
笑顔でダブルピースを向けてくる中居さんに、私はしばらく目を瞬かせていたのだけれど、
「あ? 前に言わなかったか? こいつも結構この公園、来るんだよ」
と大隅さんがこともなげに言う。
……そういえば言ってたね、うん。




