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あー・ゆー・れでぃ?!  作者: 文化 右


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第3時限目 日常のお時間 その9

 寮に戻って鞄を机の上に置き、制服をハンガーに掛けてから服を探すところで手を止め、傍にあった背丈くらいの鏡に近づく。


「そういえば……」


 パッド姿がどんな感じなのかはやっぱり気になってしまう。みゃーちゃんに下着を着けろと言われたし、下着と同じ色のブ、ブラも着けておこう。


 というか『ブラ』と言葉に出すにもかなりの抵抗がある。でも、これからの生活ではその言葉に抵抗を感じてはいけないと思うから、慣れるためにも誰も居ない今から練習しておこう……!


「おおう、意外とそれっぽい」


 姿見の中に見える下着1枚の私は、自分自身でも少しだけ女を感じてしまう気がした。少しだけ、少しだけだよ!


 ふにふに、と何気なく胸パッドを触ってみると自分の肌とさほど変わらない感じはある。うーん、でもやっぱり作り物の方が少し硬い? じっくり触ったらやっぱりパッドだってバレるのかな?


 って、そんなにゆっくりしている時間が無いんだった。


「……うわ」


 改めて下着が入っている引き出しを開けると、カラフルな布地に目がチカチカしてしまう。め、目が痛い……!


 でも、躊躇っていてはいけない! 時間的にも、これからの生活的にも!


 下に履いているパンツと同じ色のブラを掴んで取り出して、腕を通してみる。


「あれ? て、手が……」


 ホックを止めようと背中に手を伸ばすけれど、指先が届かない。届きそうで届かないのが尚の事もどかしい。


 皆はこれ、どうやって1人で着けるんだろう。毎日、誰かに背中のホックを繋げてもらうわけでもないだろうし。うーん?


 悪戦苦闘していると、何とかたまたまホックが背中で掛かってくれた。でも――


「うわ、これはちょっと失敗かな」


 ちょっとばかりサイズが大きかったようで、パッドとブラの黒い隙間から作り物の小さな桃色が覗いているのが見える。ブラの先端を押し付けてみても、隙間がぱかぱかと開いたり閉じたりするだけで一切フィット感は無い。


「うーん、着替えるかな……って時間無いんだった!」


 腕時計の示している文字盤は、今から走っても間に合うかどうかギリギリのラインになっていた。合ったサイズのブラを探すのは難しくないかもしれないけれど、ホックを留めるのにまた時間が掛かるだろうから、もう他のブラを探している暇はない!


 Tシャツと水色のワンピースを引っ張りだし、財布と携帯電話だけズボンのポケットに入れて部屋を飛び出して、鍵を掛けるところで数秒だけ思い留まる。


「忘れ物、無いよね?」


 自分自身、慌てると忘れ物をするタイプだから少しだけ自問自答タイム。この前も在学証明書を家に忘れていたし。


 財布と鍵と携帯は必須。鞄を持ち歩くほど色々持ってないから、いつも通りポケットに入れておけば問題なしで、後は……さっき貰ったパッド用のクリームは別に良いよね、塗ったばかりだし。あ、お金下ろしてなかったけど、どれくらい入っていたかな。集合場所に着いたら中身見てみないと。


「よし、大丈夫」


 チェック完了で、鍵を閉める。


「……っとっと」


 廊下をダンダン高らかに音を立てつつ走りそうになって、太田さん娘の怒り顔を思い出してから足音を潜める。とはいえ、上がってくるときにバタバタしてても何も言われなかったから、まだ帰ってきていないのか、気づいていないのかもしれないけれど。


 足音を出来るだけ殺しながら階段を降りると、階下にふらふら歩いている黒髪がもふもふなクラスメイトが見えた。


「工藤さん」


「……準、どうしたの」


 お昼よりも更に幾分かはっきりと喋る工藤さんは、それでもやや腫れぼったい目でこちらを見ている。そんな上目の工藤さんは長袖だけれど、かなり谷間が強調された薄いTシャツを着ていて、頭ではいけないと思いながらも、その膨らみの隙間に視線が移ってしまう。


「…………」


「?」


「な、何でもない、です」


 何故だろう。


 男性的なドキドキする本能よりも、何故かさっきの自分の胸元に当てていたブラの隙間と比較して、工藤さんに謎の敗北感を感じてしまった。本当の自分の体ではないのにそう感じてしまうのだから、女性って大変なんだなあ。


 …………?


 いや、大丈夫だよね?


 私、どんどん女の子として意識まで変わってきてないよね? まだ2日目にして、もう精神的に戻れないところまで来てるとか無いよね!?


「何処かに、行くの?」


 性別という漢字2文字について本気で悩まなければならない、と頭を抱えそうになったところを、工藤さんのクールな声で現実に引き戻される。ありがとう、工藤さん。


「あ、ええ。これから正木さん達と買い物に。良かったら工藤さんも――」


 言い掛けて、昼のことを思い出した。そうだ、誰彼構わず誘ってはいけないと昼に思い知ったはず、と思いながらも言い掛けてしまったからには最後まで言わなきゃいけないという変な強迫観念か使命感かに駆られて、言葉を続けようとした私を制すような声。


「行かない」


 凛とした声の主は疑いようもなく、目の前の、私より頭1つ分以上小さい女子から聞こえてきた。


「えっと……」


「あの3人と仲良くないから」


「……ごめんなさい」


 私が謝ると、工藤さんはボリュームのある髪を振りながら否定する仕草を見せる。


「良い。うちのクラスは、あまり皆、仲良くないから」


「そう……なんですね」


 まだ2日目だから良く分からないけれど、前の学校と比べてもそんなに仲が悪いとは思わなかった。


 でも、前の学校は前の学校で、皆勉強ばかりに夢中になっていて、あまり周りと関わりあいを持つ人が少なかったから、ギスギスというよりはピリピリというか、そういうものがあった気がする。そう考えると比較対象が悪いのかもしれない。


「そう。皆、色々あるから」


「色々?」


「色々」


 雪が降らない、冷えきったクリスマスの空みたいにただただ深い黒の瞳と同じような、何の起伏もない声で工藤さんは言う。そのトーンに私はそれ以上、疑問を呈することが出来なくなって首を縦に振った。


「……分かりました」


「でも」


 短く言葉を切って、じっと私を見つめる工藤さん。少し大きめな瞳に意識が吸い込まれそうな気がして、私は少しだけたじろいだ。


「準はそうなっちゃ駄目」


「?」


「準は良い子だから」


 そう言いながら、背伸びをする工藤さんが私の頭を撫でる。他人の頭を撫でることは妹が居たから慣れているけれど、撫でられるのなんて何年ぶり、ううん、もしかすると10年ぶりとかかもしれない。


「あ、ありがとう……ございます」


「それより、時間は大丈夫?」


「あっ、そうだった!」


 時計に視線を向けると、これは本気でダッシュしても間に合うかな? いや、無理じゃないかな? という時間になっていた。ま、まずいかも! まずいよね!


 遅れる場合は先に電話……って電話番号、誰1人として知らないんだった!


 最近流行りのSNSとかもやっていないし、通話アプリとかも入れたこと無いから、連絡手段も無い。完全に詰みです。


 でも、急ぐしかない!


「ごめんなさい、行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


 工藤さんに手を振って、私は運動靴のかかとを踏んだまま寮を飛び出した。


2016/10/17 文章見直し

一部、文章を見直しました。

変更内容に関しては、同じ3時限目その17に記載しています。

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