第16時限目 勇気のお時間 その4
「私は狭くない」
いや、そういう話ではなくてね? と言いたい気持ちをぐっと堪え、むしろこんな状況で変な気持ちになる方がいけないんだと自分に言い聞かせた私は、こうなったらこのままで動画を最後まで見てやろうと思い立った。
その結果。
「お、面白かったなあ」
白々(しらじら)しい言葉を吐いたけれど、その実、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
隣で頭をくっつけてる華夜は微動だにせず、体温とたまに聞こえる呼吸音がなければ、まるで地蔵か何かかと勘違いするレベル。
辛うじて、記憶の断片を繋ぎ合わせて感想を言うのであれば、多分10年近くに作成された特撮だと思うけれど、それにしては結構手が込んでいて、戦闘シーンとかは見応えはあった、ということくらい。
「……、男子ってこういうの好きなの」
一応、他の人が居ないことを確認するためだと思うけれど、周囲を見回してから、流し目で私を見ながら華夜がそう言った。
「ま、まあ、私は結構面白いと思ったよ。こ、好みは人それぞれだと思うけど」
もちろん、ストーリーはほとんど頭に入ってないから、雰囲気だけで言ったのだけれど。
「……そう」
抑揚のない声でそう言った華夜は、そんな言葉を残して、食堂を出ていった。
「……っはぁ……」
嫌だったわけではない、というかむしろ温かかったり柔らかかったり……いやいや、そういうことではなくて。
ただ、こう、前のキ……接吻のときから、ある程度は意識してしまってはいるけれど、相変わらず普段の態度が態度だから、本気なのかからかっているのか分からない。
だって、華夜だし。
そんな状況のまま、こうやって密着されると、私自身どんな態度を取ればいいのか良く分からないのだけれど、流石に本人に尋ねるわけにもいかず。
何にせよ、改めて内容を確認するために、再度再生を――
「……何をしているの?」
「あ」
同じ動画の再生ボタンを押したところで、今度は少しだけ眉を顰めた太田さんが登場。
そして、その背中から隠れるようにして居る繭ちゃんもこっちを見ていた。
……うん、そうだよね。
イヤホンとか使わず、普通に音声を流しながら見てたら、こうなるよね。
「……ごめんなさい」
「別に怒っているわけではないわ。聞いてるだけよ」
先回りして謝ったせいなのか、毎回怒っていると勘違いされるのが遺憾だからか、その両方かは分からないけれど、太田さんは眉を更に吊り上げて不満そうな表情で言った。
「あ、えっと……動画を見てたというか」
「動画?」
「うん。部屋だとネットワーク環境のせいでちゃんと再生されなかったから、食堂まで下りてきて、動画を見てたの」
「ああ、そういうこと」
私の言葉に頷いてから、太田さんはまた溜息。
「別に見るのは構わないけれど、せめてイヤホンくらいしなさいな」
「う、うん」
「……準、ちゃん、大丈、夫?」
太田さんの後ろから覗き込んでいる繭ちゃんが、ちょっと心配そうな表情で私を見る。
「え、ええ。大丈夫……だけれど、どうしたの?」
私がハテナマークを頭に乗せながら言うと、やれやれとまた呆れた表情で太田さんが教えてくれた。
「食堂が騒がしい上に、小山さんの声がするからって、繭が心配して、私の部屋まで来たのよ」
「え?」
繭ちゃんが心配してくれるのは嬉しいけれど、何故太田さんに? という疑問に脳内が支配されかけたけれど、そういえば繭ちゃん自身が太田さんと幼馴染だって言ってたっけ。
……考えれば考えるほど、そうは思えないけれど。
いや、合う合わないと幼馴染かどうかは別だよね。
「お、お騒がせしました……」
「う、ううん。何もなければ、大丈夫。私も、ピアノ弾いてると、皆のところまで、聞こえてる、と思う、から」
いつもの辿々(たどたど)しい言い方の繭ちゃんは、それでも笑って答えてくれた。
ただ、皆に迷惑を掛けないように、イヤホンを……そういえば何処に仕舞ったかな?
普段はさほど音楽も聞かないから、鞄のポケットに入れていたような……。
「それで? どんな動画を見てたの?」
あ、やっぱり、それ気になる感じなんだ。
「え、あの、それは……」
「何? 誤魔化すなんて……まさか変な動画見てたんじゃないわよね?」
咎める表情でずずずいっと太田さんが近づいてくるから、あらぬ誤解を避けるため、
「あの、特撮ヒーローの動画を、見てただけ!」
と素直に白状した。
「特撮?」
予想していた答えとかけ離れた回答だったからか、少しずり落ちた眼鏡を人差し指で戻して、少し呆気にとられたように言う太田さん。
「う、うん。ある人から面白いって勧められて」
正確には勧められたわけではないのだけれど、まあ触発されるくらいの熱意があったという意味では大方間違いではないかなと。




