第16時限目 勇気のお時間 その2
ぜえぜえと肩で息をしながら、近くのベンチで座っていた大隅さんが少し落ち着くまではしばらく時間を要した。
もちろん、そんな状況の大隅を置いて帰れるわけもなく……というか帰してくれるわけもなく、その隣で落ち着くのを待ってから、自販機で買った紅茶の缶を手渡した。
「コーヒーの方が良かった?」
「いや、良い。すまねえ」
「別に構わないんだけど……あの子たちは?」
ぷしゅっ、とプルタブを上げて、私が尋ねた。
「近所のガキどもだ。親が共働きなヤツが多くて、良くこの時間に公園で面倒見てんだ」
「……」
一瞬「似合わない」と脳内に浮かんだけれど――
「似合わないね」
あ、口を衝いて出てしまった。
「……あんだとぉ!?」
大隅さんに両ほっぺたを抓られて、私は早々にギブアップを宣言する。
「ったく……」
「すみません」
私がほっぺたを撫でつつ、大隅さんを見ると、
「まあ、あたし自身、似合わんとは思ってんのだけどな」
溜息と共に、立ち上がったと思ったら、近くのゴミ箱に飲み終わった缶を振りかぶってから投げた。
カッコン! と良い音とともにゴミ箱に缶が入ったのを見て、ガッツポーズ。
「っしゃ、入った!」
「テンション上がってるところ悪いけど、あのゴミ箱、燃えるごみ専用だと思うよ」
「んな!?」
大体、缶とかペットボトルのゴミって、自販機の横にあるような1本ずつ入れるタイプのものだと思うけれど。
私は自分の飲んでいた紅茶のカンを持って、さっき大隅さんが投げ込んだカンを取り出してから、隣にあった缶やペットボトル用のゴミ箱に入れる。
「……すまねえ」
「ううん、いいよ。それよりも、なんであの子たちと遊ぶようになったの?」
「ん? あー、それはだな……」
ぽりぽりと頭を掻きながら、大隅さんが続けた。
「ほら、学校にはあんまり出席してなかったんだが、出席数が足りねえからしょうがなく行くときがあったわけだ。で、終わったらすぐに帰ってたんだが、別に家に居てもやることねーし、良く晴海とかとこの公園で駄弁ってたんだよ。そしたらあいつら、良くここでヒーローごっこしてんのが見えたんだわ」
「うん」
まあ、子供たちはよくやる……んだろうね。
私はやったことがなかったから、良く分からないけれど、小さい頃は周りではやっている人、居た気がする。
「普段は別に単にうるせーなで済んでたんだが、いつだったか、そんなガキどもがいつも以上に騒ぎ出したんだわ。よくよく話を聞いてりゃ、どうやらどの特撮ヒーローが最強か、なんて話で喧嘩してるらしい」
「あー……」
誰が1番強い、っていうのを決めたくなってしまうのは分かる。
ミステリーを読んでいたりすると、名探偵と怪盗をぶつけたらどっちが強いかなんていうのは私も気になるところだし、だからこそルパン対ホームズなんていうのも生まれたのだろうと思う。
「で、ガキの頃ってお互い容赦しないだろ? で、取っ組み合いになりはじめてな」
「うん」
「ギャーギャーうるさかったから、止めてやった」
何となく、大隅さんが子どもたちの首根っこを掴んで「ごちゃごちゃうるせー!」とか叫びつつ、睨んでいるのが目に浮かぶ。
「で、あたしは言ってやったんだ」
「うん」
「ヒーローはな、誰が1番強いとかじゃねえんだと」
「うん」
「皆カッコよくて、強いからヒーローなんだと」
「う、うん」
「お前らも誰が強い弱いとか言ってねーで、ヒーローになったときのために変身ポーズでも練習しろと」
「うん……うん?」
あれ、なんか雲行きが怪しくなってきたぞ?
「で、あいつらに歴代ヒーローの変身ポーズを教えてやったら懐かれた」
「いや、どうしてそうなるの!?」
先に飲み物を飲みきっておいて良かった。
多分、飲みかけだったら盛大に吹き出してたと思う。
「どうしてって……おかしくはねーだろ?」
「いや、色々とおかしいよ!? そもそも大隅さんはその、歴代ヒーローのポーズ? は出来るの?」
「あったりめえだろ!? 誰だってヒーローライダーシリーズの変身ポーズくらい知ってるだろ!?」
「知らないよ!?」
何か勝手に周知の事実にされても困るよ!
いや、もしかして私が知らないだけで、世の男子生徒、女子高生って皆知ってたりするの!?
と、とりあえず大隅さんはレアケースだと思っておこう、うん。
「お前には言ってなかったっけか? あたしは昔から、女同士よりも男と遊ぶ方が好きだったって」
「あ、うん。それは聞いたね」
それも更衣室の中で……って、その話題で別なこと、主に映像を思い出しそうになったから、慌てて次の言葉を探した。
「な、なるほど。じゃあ、あれかな、友達と話が合うように特撮とか見てたの?」
「ああ。まあ、その分、女子の話題には全然付いていけなかったけどな」
「それはまあ……そうなってしまうよね」
男子と女子って、直接的には共通の話題って多くないと思うし。




