第16時限目 勇気のお時間 その1
「お疲れさまでした」
バイト終わり。
私はぺこりとお辞儀をしてから、事務所を出た。
最初は比較的真帆と時間が重なるように入れておいてもらったのだけれど、最近はバイトにも慣れてきて、1人でもそれなりに仕事がこなせるようになってきたから、別個でもバイトに入れられるようになっていた。
まあ、未だにあの2人には目を付けられていたりするみたいだけれど、その2人に目を付けている人がまた別に居るから、今のところは大丈夫。
そんな1人でのバイト帰り、今日のご飯は何かな、みたいな他愛もないことを考えつつ、寮に帰る途中、公園の前を通りかかった。
「すっげー! ガオファイブのガオブラックじゃん!」
「かっけー!」
少年たちの元気な声が聞こえてくる。
どうやら、公園で少年たちが遊んでいるらしい。
さほど大きい公園ではないとはいえ、子どもたちが遊んでいても何らおかしな話ではないし、最初は私も気に留めず、そのまま公園の前を通り過ぎようとしていたのだけれど。
「おう! 良く分かったな」
「……ん?」
女の子……と言っても高校生くらいの、元気が良いというよりはちょっと荒々しいというか、そんなタイプの声が聞こえてきて、私は足を止めた。
いや、女の子ではなくて、ちょっと声の高い男の子の可能性も……でも、何となく聞き覚えがあるような。
「あったりめーじゃん! 好きだからな!」
「なあなあ! だったらドラゴンジャーのブルーやってよ!」
「あ? しゃーねーなー、1回だけだぞ!」
少年たちに向けてだと思うけれど、高らかにそう宣言する声がして、ちょっと私は気になってしまった。
聞けば聞くほど、その声に聞き覚えがあるような気がして。
声がした辺りを遠巻きに見ると、公園の中央で女子高生が小学生くらいの男の子数人に取り囲まれるようにして立っている。
やけにミニスカートで、見てるこっちがひやひやするのだけれど……それよりも、見覚えがある顔にぽつりと声を漏らした。
「大隅……さん?」
大隅さんと思われる女子が、子どもたちの輪の中で立っている。
……本当に大隅さんなのかな?
あの大隅さんが、こんなところで?
単なるそっくりさんかも。
でも、あの制服はうちの学校のものだし、あの後ろをバレッタだけで止めている、茶色の短髪ギャルっぽい感じ……え、本当に?
「蒼き炎は揺らめく光! 拳に込めるは漢の魂! 轟け! ドラゴン……ッ、ブルー!」
そう叫ぶようにして、拳を突き出した女子生徒に、周りの少年たちが拍手する。
私はあまり見た覚えがないけれど、そういえば小学校か中学校の頃に、そんな特撮ヒーローをやっていたような気がする。
多分、妹がテレビを見ていたときに、ザッピングしたときに見たとかだろうから、そうするとまだ小学校の頃かな?
それか学校で誰かが、今みたいにポーズを取っていたのかもしれない。
もちろん、今になっては正解を確認する手段は無いけれど。
「じゃあ、次はさ――」
「健一郎君!」
「あ、ママ!」
大隅さんらしき人を囲っていた男の子の1人が、母親に呼ばれて声を上げた。
「ああ、星歌ちゃん。ごめんなさいねえ、いつもうちの子の面倒見てもらっちゃって」
「いえ、大丈夫っすよ」
にかっと笑う大隅さんらしき女の子。
……いや、下の名前、実はさっきまで忘れていたけれど、中居さんが星っちと呼んでいたのを思い出し、そうだ星歌って名前だったなあと連鎖的に思い出したから、つまりあれは大隅さん本人で間違いなかった。
「じゃ、星ねえ、またね!」
「おう、気をつけて帰れよー」
手を引かれて帰っていく健一郎君とやらを見て、
「ケンちゃんも帰っちゃったし、今日はコウちゃんも来なかったし、オレたちも帰るかー」
「うん」
と残った少年たちも頷きあって、大隅さんに手を振りながら、その場を去っていった。
「んじゃあ、お前らも気をつけて帰れよ!」
やりきった感満載の大隅さんが片手を上げて、少年たちに別れを告げると、
「さて、あたしも帰る……ッ!?」
ブランコの周囲にある柵に立て掛けていた鞄を拾って、大隅さんがたまたまこちらを向いた直後、視線が合ってしまい、お互い硬直した。
「……」
「……」
「……み、見た……な……?」
「え、あ……う、は、はい……と、途中から……見て……しまいました」
学校とかでは大隅さんともかなりタメ口で喋られるようになってきていたはずなのだけれど、思わずそのときは丁寧語で答えてしまっていた。
俯きながら、ぷるぷる震えていた大隅さんに、近づいた私が、
「あ、あの……大隅さ――」
と手を伸ばしたところで。
「忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
私の肩を掴み、がっくんがっくんと揺らしながら、半狂乱の大隅さんはそう叫んだ。




