第1時限目 初めてのお時間 その3
階段をあまり音を立てないように、かつ出来るだけ駆け足で1階に降りたところで、寮のお風呂が何処にあるかを寮長さんから教わっていないことを思い出した。今更聞きに行くわけにもいかない、というよりはもう今日はあの人に会いたくない。会えば体力と気力をどんどん吸い取られるような気がするから。
とりあえず、目の前は玄関だから左右確認。右手側の突き当りは大きな両開きの扉が開きっぱなしになっている。大きな机が置いてあるのが見えるから、あそこは食堂かな? その手前には部屋が5つ。こっちは何となく違いそう。
振り返って左手側にもまた部屋が5つ。でも、一番奥だけ他の部屋とは違う引き戸。あれ、これってもしかして?
こそっと中を開けてみると、予想通り真っ暗の脱衣所。お風呂の方にも明かりが点いていないから、誰も今は入っていないみたい。よし、入るなら今のうち!
再度左右を見回し、さっと脱衣所に入って後ろ手で扉を閉める。扉には鍵が付いていたから、もちろん掛ける。確かお風呂は午後10時までって言ってたから入ってくる人は居ないと思うけど、念のためね、念のため。
脱衣所の広さは自分の部屋とさほど変わらないくらい。入ってすぐ左手に大きな洗面台があって、右手奥に洗濯機と乾燥機、そして洗面台の奥に銭湯とかにあるような木で出来た鍵付きロッカーが設置されているから、結構狭く感じるかも。
ロッカーはぱっと見だけでは古さを感じるけれど、扉を開けてみても金属同士が擦れ合うあのいやーな音もしないし、ちょっと大きめの蝶番が使われているからか、開け閉めしてもぐらぐらしない、頑丈な作りになっている。それと、扉の表面を触ってみると何だかすべすべしていて、触っていると……えへへ、ちょっと楽しい。
「……はっ、こんなことしてる場合じゃなかった」
正気に戻ったら、服を脱ぐ前にお風呂場の中を確認。
「広っ」
脱衣所よりも多分、ううん、間違いなく広い浴槽が一番奥にあって、シャワーも計6個ある。ちょっとした銭湯よりもしっかりしているかも?
って、お風呂場の中は後でゆっくり見れるから、他の人が居ないことを確認したら、次、次。
脱衣場のロッカーの中を全部開いて確認。10時前に入った人が忘れていた服を取りに来るとかいう可能性もあるからね。
後で良く良く考えると、もしロッカーの中に下着とかが入っていたら「同性の下着を覗き込むなんて、そういう趣味の人なの?」とか言われたかもしれないし、いやいやそれならまだマシな方で、最悪のタイミングで人が入ってきたら男バレしてしまうおそれもあったわけで、そんな時だったら無言で張り倒されるか、即座に通報されていたと思う。何もなかったから良かったけど。
え? 何故男バレするおそれがあるのかって? それは……お風呂に入るんだから、そういうところを見られてしまうタイミングとか、ね?
それはさておき、落ち着いて冷静に考えてみると、普通同じ寮で生活している女の子同士が、忘れ物していたとかであれば「これ誰のだろう?」くらいに覗きこむことはきっとあるよね。少しナーバスになり過ぎかな?
手早く脱いで、服をロッカーに放り込み、かちゃりと鍵を掛ける。さすがにワンコインでロックを掛ける制度はここには無いようで、手首にバネみたいなストラップ付きの鍵を付けてから、お風呂場の扉を再度開ける。
……でも、そもそも鍵を掛ける意味、無い気がする。
「……広いなあ」
さっき言ったけど、ホント、もう一度言っとかないと気が済まないくらいに広い。
左手一番近いシャワーを取って、足元にある手桶をどけてからバスチェアに座る。頭、そして体を手早く洗い、念願のお風呂。
広すぎて何だかちょっと落ち着かない。
「んんーっ、でも生き返るーっ」
溜息のような声と共に、私は手足を伸び伸び。こんなことしても、1人だと余裕余裕。というより、多分3、4人くらい一緒に入ったって余裕だと思う。まあ、僕……いや私自身が他の女の子含めて3、4人一緒に入ることは無いと思うし、入る事態になったらもう私は死んでます、きっと、色んな意味で。
ホント、入学してすぐ、散々な目に遭った、というかこれからが何よりも問題が山積みなんだけど、ひとまずお風呂に入ったら落ち着いた。うん、明日から頑張ろう。 とにかく、再度転校するまではこれからは女の子として生きなきゃいけないからね。
「私は女の子、私は女の子……」
ぶくぶくと目元までお風呂に浸かって、自分に暗示を掛けていたとき。
ガタン!
「ひぃっ」
耳朶をハンマーで叩いたような音がして、僕は口から心臓が飛び出て引っ込んだ気がした。間違いなく気のせいだけど。
よく見たら、さっき私が体を洗ったときにどけた手桶が、不安定なところに置いてあったからか、ひっくり返っていた。ああ、なんだ、これが原因かあ。
「……はっ」
こ、こういうときのアニメとか漫画のよくあるパターンとして、「気のせいで良かったね、あはは」と思った直後に、やっぱり実は誰かがが入ってきていて、扉がガラガラッ……という話があったりするよね。幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよく言ったものだけど、その枯れ尾花でも「あれ、でもそこの枯れ尾花は去年焼けてしまってもう無かったはずだけど……」なんて噂話を聞いたら、再び疑心暗鬼を生ず。やっぱり幽霊に見えてきたり。
実際のところは、扉の鍵を掛けているから人が入ってくることなんて無いんだけれど、さっきの手桶の落ちた音で気が動転してしまった私の脳内からは、すぽーんっと鯨の背から飛沫が上がるように扉の施錠をした事実が吹き飛んでいたから、何気ないお風呂のボイラー音とか、天井から垂れてきた水滴とかにびくびくし始め、入ったばかりの落ち着きようは鳴りを潜めてしまった。後はもう追い立てられるようにしてお風呂を出て、さっきチョイスした女性モノの服に着替えるしか、私には出来なかった。
「……あう」
タオルで体を拭いてから、さっき勢いでシャツとスカートの間に挟み込んだものを確認する。だ、だって、確認しないと履けないし……!
何気なく掴んだのは水色のボーダーラインが入っているタイプのものだった。それ以上は良く見ないようにしたから、装飾とかは見てないよ!
あ、そういえば上の方は持ってこなかったけど、着けなくてもいいよね?
……それとも、やっぱり全く胸が無くても着なきゃいけないんだろうか。うう、分からない!
「あ、しまった……」
シャツとカーディガンに袖を通して、スカートを身に付けてから気づいた。よく考えたら、もう寝るだけなんだから普通の服を着なくても、寝間着を着れば良かったんだ。落ち着いてタンスの中を調べてなかったから覚えてないけど、多分何処かに寝間着がちゃんと有ったんだと思う。部屋に戻ったら着替えよう。
「うー、すーすーする」
まだ春先の十分に暖かいとは言えないこの時期に、膝上数センチのスカートはちょっと冷える。今までも女性用の服装を着た、ううん、着せられたことはあったけど、大体短時間ですぐに着替えてしまったから、こんなに落ち着かなくて、風通しが良すぎるとは思わなかった。タイツとかをはくのも何となく分かるような気がするなあ。
ちなみに、着替えた後に扉に手を掛けたとき、ようやく自分が扉の鍵を掛けていたことを思い出したけれど後の祭り。お風呂で落ち込んだテンションは戻るどころか岩盤を突き抜ける勢いで下がっていってしまい、私はその場で項垂れた。何だか余計に疲れてしまったから、早く戻って寝よう。
お風呂を出るときはしっかり誰も居ないことをチェック。これから毎日お風呂に入る前、入った後に戦々恐々としながら、お風呂の中と外、脱衣所までを慎重に調べなきゃいけないなんて、本当に先が思いやられるんだけど、癖を付けておかなければそれ以上に後が怖いから仕方がないよね。
「誰も居ない、ね」
はあっ、と溜息。今日だけで何回溜息吐いたかなあ。
とにかく早く部屋に戻ろう――
「あれ? キミは誰?」
「え?」
……脱衣所から一歩踏み出したところで、見たことない女性が玄関から入ってきた。それも、何故か懐中電灯を二刀流しながら。
表現が不足しているとか、表現が分かりにくいとか、そういうのが後から見返すと、結構あったりもします。後、誤字と文字の統一(ためと為、ことと事、ときと時、などなど)が出来ていないことも……。
そういうときは、素直にごめんなさいして、修正させて頂きますので、何かあれば教えて下さい。
2016/3/9 内容修正
申し訳ありません。内容修正です。
「翻って左手側にもまた部屋が3つ。」
↓
「翻って左手側にもまた部屋が5つ。」
準くんが階段を降りてきて、寮のお風呂を探しているシーンです。
昔考えていた寮の間取りを見直したところ、トイレがありませんでした。
いえ、別にアイドルはトイレになんか行かない! とか思っているわけではなく、素で忘れていました。
なので、寮の間取りをもうちょっと真面目に考え直した結果、トイレと掃除用具等を保管している押し入れが必要だろうと考えて、2部屋追加しましたので、上記のような文章修正になりました。
いつかは間取り等をまとめて、資料化して公開できたらと思っています。需要があるかは不明ですが……。
2016/8/18 文章見直し
「後で良く良く考えると、もしロッカーの中に下着とかが入っていたら~」の行を全般的に見直しました。
見直し前の準くんは、何故か寮のロッカーで下着を見つけたらだけで社会的に抹殺されるんじゃないか、なんていう謎の強迫観念に駆られていました。見た目はほとんど女の子なのだから(!)、別にそこまで気にする必要無いんですが。
でも、多分準くんも突然女の子として生きろと言われて混乱しているだろうと思いましたので、少しフォローを入れることにしました。
後は下着の装着に対する葛藤とかの描写を少し追加しています。