第15時限目 図書のお時間 その36
翌日の話、静野家にて。
「色々ありましたが、無事解決して頂いて、助かりました」
静野さんが正座のまま、折り目正しくそう礼を言うから、私は手を左右に振りながら、
「いえいえ、ご協力していただき、こちらこそ助かりました」
と返す。
「まあ、あの2人の今後については、うちの親に任せておけば良いでしょう」
湯呑みを傾けた後で、静野さんがそう言った。
「ご両親……ですか」
「ええ。まあ、前々から色々ありましたので、口頭で注意はしていたようですが、昨日電話で事情を報告したら、2人に説教しに行くと言っていました」
「説教ですか」
「はい。まあ、どうになるかは……ふふ、楽しみですね」
何か静野さんの黒いところが見えた気がしたけれど、私は見ないふりをした。
「まあ、花乃亜のことは今まで通りで――」
静野さんの声を掻き消すように、部屋に突然鳴り響く黒電話の音。
確か太田さんも同じく黒電話だった気がするけれど、あの音が好きな人って結構多いのかな?
それはさておき、
「はい、静野です……あ、はい、修正ですか。今からですか……」
と言って、立ち上がった静野さんは何やら真剣な顔をして、部屋を出ていった。
「……どうしたんだろう」
何気なく呟いたのだけれど、
「多分、お仕事の話、だと思う」
と花乃亜ちゃんが教えてくれた。
「お仕事?」
「そう」
「花乃亜」
襖が再び開いたと思ったら、静野さんがスマホを握ったまま言った。
「申し訳ないけれど、代わりに小山さんにケーキを出してあげてください。私はちょっと仕事が出来たので部屋に戻ります」
「うん」
「じゃあ小山さん、ごゆっくり」
自分用の湯呑みを持って、静野さんが襖を閉めた。
「急にお仕事って……そういえば静野さんの仕――」
時間に左右されない仕事らしい、ということは聞いているけれど、結局どんな仕事なのかは教えてもらっていないから、何気なくそう聞こうとして、慌てて口を噤んだ。
そうやって、何も考えなしに話題を振るから失敗するのだと勉強したばかりだったけれど、途中まで言葉を発してしまったから、どう誤魔化そうかと思っていたら。
「……こっち、来て」
花乃亜ちゃんが席を立って、私を呼ぶ。
訝しむ私に説明せず、たかたかと足早に進む花乃亜ちゃんを追う私。
そして、襖ではなく洋式のドアが取り付けてある部屋の前に立ち、部屋の明かりを点けてから、
「どうぞ」
と、花乃亜ちゃんが入室を促す。
「お、お邪魔します……」
既に家の中にお邪魔しているのだから、改めてお邪魔しますというのも変な気分ではあるけれど、一応そう言うと、私に所狭しと並べられているあるものに感嘆の声を上げた。
「……お、おお……」
部屋は本がほぼみっちり詰まった書架で埋め尽くされていた。
私も結構本は好きだから、将来的にはこうやって本に囲まれてみたいという気持ちはあったけれど、実際にやっている人が居るとは。
その中の1つに近づいた花乃亜ちゃんは、
「これ」
と1冊の本を私に差し出した。
「え?」
花乃亜ちゃんが差し出した本には『静夜』という作家さんの本。
「あ、何度か読んだことある作家さんの本だ。花乃亜ちゃんも好きなの?」
私の言葉に、うんと頷く。
「叔母さんの書く話、好きだから」
「そっか、叔母さんの書く話……叔母さんの? え、ちょ、ちょっと待って。静野さんの仕事って……」
花乃亜ちゃんがこくりと頷いた。
「小説家」
「……なるほど」
確かに、全く自由とまでは言わなくても、普通のサラリーマンよりは時間が自由になりそうな気がする。
「え、もしかしてこの全ての本棚が静野さんの本?」
「流石にそれはない」
「だ、だよね……」
ちょっと安心したというか。
「この横1列だけ」
「いや、それでも結構あるよ!?」
ざっと20冊くらいはある、はず。
し、知らなかった……。
「お父さんとお母さんに怒られたときとか、ここに来て本ばかり読んでたから、私は本が好きになって、高校でも3年連続図書委員」
「あ、だから咲野先生、花乃亜ちゃんが保管場所に詳しいって言ってたんだ」
「そう」
そういえば、思い起こせば花乃亜ちゃんと初めて会ったのも図書委員でのお仕事で、だったっけ。
「でも、図書委員になった他の子も、他の委員よりも暇そうだから選んだだけで、本が好きな子、居なかった」
少しだけ悲しそうな表情だった花乃亜ちゃんの手を思わず握りつつ、言う。
「あ、あの、私も本好きだったけど! 周りが皆、勉強ばかりでお話し出来る子、居なかったから……良ければ今度、本についてお話ししない?」
「…………うん」
名前の通り、花開くような笑顔を返してくれた花乃亜ちゃん。
良かった……あ。
「ついでに、勉強も一緒にしようね」
そう言った途端、花乃亜ちゃんの表情がスン……と萎んで、
「やっぱり、準とは話さない」
と言われ、機嫌を取り戻すのに少しだけ時間が掛かった、というのはまた別のお話。




