第15時限目 図書のお時間 その34
「受験時期だからこそよ。この子、私たちがちゃんと“管理”してあげなければ何にも出来ないのよ。だから、受験勉強に集中出来るように、花乃亜は家に戻ってきなさい」
「……」
一方的な言葉。
「なるほど、そうですか」
私は静かにそう言ってから、
「やはり、花乃亜さんはお渡しできないですね」
と笑顔で告げた。
「……は?」
呆気にとられた声を出した母親と、
「てめえ、何言ってんだ? ふざけんなよ!」
目の前のローテーブル越しに私の襟元を掴んで、乱暴に引き寄せる父親。
私はその勢いで、机に膝を打ち付けたけれど、痛みに耐えて言葉を続ける。
「こうやって娘の友達の襟を無理やり引っ張って、机に叩きつけるような方が、自分の娘を大事に出来るとは思えませんが」
大袈裟に言ったけれど、大方は嘘ではないから良いかな。
「てめえがふざけたこと抜かすからだろうが。あぁ?」
目を剥いて威嚇みたいなことをしてくる。
「お、お父さん……」
花乃亜さんがか細い声で呼ぶけれど、一切反応なく、まだ私を罵ってくる。
だから私は、
「手を離してください」
と言いつつ、掴まれた腕を握って力を入れると、
「……い、いてててて!」
と慌てて手を離したから、私は襟を正してから言った。
「子供を“管理”するなんて言い方をする方に、私の大事なお友達をお渡しすることは出来ません」
「てめぇ! 花乃亜は連れて帰るってこっちが言ってんだ! 花乃亜やこいつの妹がどうこう口出しすんじゃねえ!」
「そうですか」
また食って掛かってこようと、腰を浮かせた花乃亜さんの父親に対し、
「……ああ、そうでした!」
と大声で制止し、机の上に置いてあったスマホを持ち上げ、私は液晶画面を見せる。
「そういえば先程、児童相談所に電話をした後、ちょっと待っていてくださいと言ってから、切り忘れていました」
私が見せた液晶には『児童相談所 相談窓口』と書かれているのが、花乃亜さんの両親にも見えるはず。
もちろん、切り忘れなんてことはない。
携帯の上に財布を置いて、画面を隠していたまま、机の上で電話を繋ぎっぱなしにしていただけだ。
そして、これ以上ないくらいの笑みで、
「それで、もう1度花乃亜さんに対しての言葉、お聞かせいただけますか?」
と追い打ちをかける。
「なっ……!」
「ちょ、ヤバイよ……」
六名家の両親が慌てふためいたところで、
「花乃亜さん」
と私はまだ震えている花乃亜さんに声を掛ける。
「……え?」
辛うじて、絞り出すように返事をして、私を見上げる。
「花乃亜さんは、どうしたいですか?」
こんなところで花乃亜さんに振るなんて自分でも酷いと思うけれど、本人からの言葉はこの場で重要。
だから、私は自分が出せる限界まで優しい声色で花乃亜さんに尋ね、手を握る。
「……私は」
一旦、そこで言葉を切ってから、花乃亜さんは続けた。
「お父さんも、お母さんも、喧嘩しないで、仲良くしてほしい。でも、出来ないなら……今は、家に帰りたくない」
そう言って、私の手をぎゅっと握り返した花乃亜さん。
「何だと!? お前のせいでこんなことになってるのが分からねえのか!」
「あ、アンタ……ほら、児童相談所が……」
「クソッ!」
悪態を吐いた父親に対し、
「今後のことについては相談所の方とお話しさせて頂いた上で、こちらで決定させていただきます」
と言って話を打ち切り、私は花乃亜さんの手を取って立ち上がった。
「おいコラ、話は終わってねえぞ!」
「いえ、終わりました。それでは」
小さく礼をしてから、花乃亜さんの手を引っ張って、家の外に出た。
そして、電話口の人に声を掛ける。
「……ということですので、花乃亜さんはもう少し寮に住む形で良いですか?」
「ああ、構わないですよ。しかし……申し訳ないですね、こんな役柄をしてもらって」
「いえ、花乃亜さんのためですから」
私はそう言って、傍らで私を見上げている花乃亜さんに笑い掛けてから言った。
「しかし、なるほど。児童相談所ですか」
「一応、静野さんの家に行く前に“本物の”児童相談所にも事前に相談していますし、録音もしていますからね」
私が“本物の”と言った理由は簡単な話で、別に電話を繋げていたのは児童相談所でも何でもなく、スマホの呼び出し名を児童相談所と偽装した静野さんだっただけ。
つまり、今の電話口に出ているのは静野さん。
……勝手に児童相談所の名前を使ったのは、後で謝らないといけないな。
「色々聞きたいことや言いたいことはありますが……今日はゆっくり休んでください」
「はい、そうします。それではまた」
電話を切った私は、
「じゃあ、寮に帰りましょうか、花乃亜さん」
と言った。
私の声を聞いた花乃亜さんは、
「……うん」
と小さく頷いてから、花乃亜さんは私の手をぎゅっと握り返してくれた。
その日の夜。
「ふー、テオ。今日は疲れたよ……」
そう言いながら、テオのもふもふのお腹に顔を埋めて、テオからの反撃を食らっていると、控えめなノックの音が響いた。
最初は聞き間違いかなと思ったけれど、間違っててもどうせテオしか聞いてないから、一応「どうぞ」と扉に向かって声を掛ける。
すると、これまた控えめに扉が開いて、小さな目が覗いた。
……あ、これ、いつものやつだ。




