第3時限目 日常のお時間 その7
「カメラで撮った写真から色調整しただけの割には、ほとんど準の肌と合ってて良かったにゃ。まあ、あのカメラも特別製だけどにゃあ。あ、もし海とかプールで毎日日焼けしてもパッド部分は色が変わらないから、そこだけは注意するにゃ。どうしても必要なら変化後に色替えするクリームも準備するけどにゃ」
「凄いね、パッドとかクリームとか……1人で作ったの?」
「いくらみゃーでも1人では作れないにゃ。さっき来てた桜乃の母親がこういうのを作る技術者だから、そこに発注して作ってもらったにゃ」
ティッシュで手に付いたクリームを拭きながら、みゃーちゃんは言った。
「桜乃さんの?」
何というか、彼女自身も化学者っぽかったけれど、お母さんの影響だったのかな。
「というか準の親と同じ会社の人にゃ」
「……へ?」
「人型ロボット用の肌の研究をしている人ってことにゃ。月乃の体も作ってもらってるにゃ」
「人型ロボット用だったんだ、これ」
言われてみれば、人間に近いロボットを作ろうと思ったら、必然的に人間に似たパーツを作る必要がある。そう考えれば、今回みたいな胸パッドを作る技術者が居るというのも不思議ではないかな。
「もう1個は左胸用にゃ。まあ、どっちがどっちでも変わらないけどにゃ」
言ってみゃーちゃんが渡すものを、あまり凝視せずに受け取る。
何故凝視しないのかというのは簡単な話で、この胸パッドはご丁寧に膨らみに桃色のぽちっと飛び出した本物っぽい先端が付いているから。細部まで作りこんであるみたいだから妙にリアルに見えて、気恥ずかしさが湧き上がる。ま、まあそれくらいしないと簡単にパッドだってバレちゃうのかもしれないけれど。
「胸パッドは控えめサイズにしておいたから、今更着けてもサイズに違和感は無いと思うにゃ。だから、これを着けたらちゃんとブラもするにゃ」
「ぶ、ブラを?」
「当たり前にゃ。どうせ今の準はしてないにゃ」
「ぐっ」
図星。
だ、だって、女の子の服を着せられることはあっても、下着まで着替えたことは無かったから。下だって抵抗はあったのに、着けたこともない上なんて……。
「胸が小さい人でも女だったらちゃんとブラはしているにゃ……多分」
「ほ、本当なの?」
「まあ、少なくともみゃーが知ってる人は全員してるにゃ。みゃーだってちゃんとしてるにゃ」
無い胸をぐっと張って言うみゃーちゃん。
「……う、うん、やっぱりそうなんだよね」
「まあ、胸パッドとこっちの股間用を着けておけば、そうそう男ってバレないと思うにゃ」
「股間用ね……こっ、股間!?」
みゃーちゃんの手の上にはまだ肌色パッドが載っているものだから、何だろうとまじまじ見ていたこともあって、みゃーちゃんの言葉に思わず声が裏返った。
「胸パッドと同じで、クリームを塗って股間に取り付けてれば、継ぎ目がほとんど無くなって取れなくなるにゃ。ただし、こっちは穴の位置はちゃんと合わせないと大変なことになるにゃ」
「大変な……ってどういうこと? いや、そもそも股間用って? 穴の位置?」
「簡単な話にゃ。準の付いているものを切り取る訳にはいかないから、股間に取り付けて隠す為のものにゃ」
「な、なるほど……」
「それとも切り取って素直に女として生きるにゃ?」
「切らないからね!?」
下着みたいな形の股間用パッドを広げて私に見せる。
「トイレも行けるように、ちゃんと前と後ろに穴が2つ開いてるにゃ。こっちの穴が大きい方が前で、こっちが後ろにゃ。ちゃんと前と後ろを良く確認して、下着みたいに履くにゃ。前後の穴の位置を確認してから取り付けないと、トイレに入ったときに大変なことになるから気を付けるにゃ」
「……」
確かにみゃーちゃんが広げる柔らかい下着型肌色パッドは足を入れる大きな穴以外に、前後2つの穴が開いている。それをちゃんと見……ようと思っていたけれど、視線がすすすっと横滑りする。
「っていうかちゃんと見るにゃ。どうせ作り物にゃ」
「い、いや、分かっているんだけどね」
作り物と分かっていても、女性の下半身を模倣したそれをじっくり見る勇気は無い。
「これからは毎日これを着けて生活するんだから、早く慣れておくにゃ」
「え、ええー? 毎日?」
「男だってバレて牢屋の中で生活する方が良いかにゃ?」
「良くは無いけど……うー」
「うーうー言ってる場合じゃないにゃ」
分かってる、分かってるんだけどね?
理解は出来るけれど、納得出来ないことってあるでしょう?
「とにかく、部屋の端っこでパッドを着けて違和感がないか確認するにゃ」
「う、うう……」
私は半泣きになりながら、まだ取り付けてない方の胸パッドと股間パッドを受け取って、緩慢な動きで部屋の端に移動する。
「……あの、カーテンとかは無いの?」
「無いにゃ。というか準の裸なんかに興味無いにゃ。だからさっさと着替えるにゃ」
「……分かった」
もう覚悟を決めるしか無い。決めるしかない……んだけど……。
「……うー……」
壁の方を向いて、もう片方の胸パッドに肌色のクリームを塗って貼り付け、僅かな隙間を指でなぞって埋める。ひんやりしたクリームが少し気持ち良い……って変に癖になりそうで怖い。




