第15時限目 図書のお時間 その25
「あ、あの……」
私が言葉を発した直後、
「準、テオの機嫌が良くなったらもっかいにゃ。だから、さっさとおやつ持ってくるにゃ!」
と言葉を割り込ませるみゃーちゃん。
これは意地でも六名さんを無視しようとしてるのかな。
敵愾心を燃やしているのかとも思うけれど、そこまでやる意味はない気がするのだけれど。
よっぽど、私の膝の上に侵攻してきたのが許せなかったのかもしれない。
「う、うん……」
「テオ、また乗っけさせてにゃー」
みゃーちゃんが、まだまだご機嫌斜めなテオに話し掛けながら、指をふりふりさせつつ言う。
と、とりあえず、私は素直にテオのおやつを取りに行こう。
一触即発感をそこはかとなく漂わせている廊下に私はひやひやしながら、兎にも角にも部屋に舞い戻り、テオのお気に入りのササミを持ってきた。
「テオー」
少し優しめな声でそう声を掛けると、さっきまでの不機嫌がどこへやら、嬉しそうににゃーにゃー鳴きながら、尻尾を私の足に擦り付けてきた。
まだ「おやつにしようか」とまで言っていないし、ポケットに入れてきたから見えない、匂いもしないはずだけれど、特におやつのときは特別甘やかすような口調になっている気がするから、それで気づいたのかな?
私がポケットから出したササミの袋を破くと、すぐにテオが飛び込んでくるから、押しのけて「ダメ」と叱る。
でも、全く意に介さないテオは、私がちぎって差し出したササミではなく、千切られた元の方を掻っ攫い、むしゃむしゃやり始めた。
「あー、もう」
比較的、猫にしては私の言うことを聞いてくれる子だとは思うけれど食事、それも好きなおやつの場合は全くといっていいくらいに言うことを聞かない。
この子の父親はちょっとは我慢できる子だったのに……いや、そうでもないかな。
お母さんが絶対的な権力を持っていたからちゃんと言うことを聞いていただけで、私だったらどっちにしても聞いていないかもしれない。
まあ、何にせよ全く言うことを聞かずにササミを貪るテオは、私にもっと寄越せと言ってくるから、とりあえず2本入りの袋からもう1本を差し出すと、うまうまみたいな鳴き声をさせつつ咀嚼してから飲み込み、けふっと小さくげっぷ。
そんなに勢いよく食べなくても。
何にせよ、食事には満足したようなので、顔洗いまで始めたテオ。
「美味しかったかにゃー。良かったにゃー」
テオの頭を撫でるみゃーちゃんを見ていたら、視界の端で扉がギギギ……と更に少し開いた。
でも、まだ中から神様は出てこない。
それをちらりと見やったみゃーちゃんは、止めとばかりに、
「おやつも食べて満足したなら、準の部屋にテオ連れて行くにゃ。お腹いっぱいで頭に乗ったら、戻しちゃうから、落ち着くまでなでなでするにゃー」
などと言って、テオを抱きかかえて歩き出したみゃーちゃん。
すぐにまた、頭に乗せてくれとか言い出すかなと思ったけれど、そこはやはり猫を飼っているからよく分かってるなあ、と思ったりしたけれど、それ以前にみゃーちゃんはテオを頭に乗せる云々(うんぬん)より、今目の前に居る天の岩戸を開くための、いわば裸踊り的なネタを披露中なのだから当然なのかもしれない。
「……ずるい」
みゃーちゃんが事を荒立てるようなことを繰り返すから、とうとう岩戸が開いた。
随分と神話と出てきた神様の様子と違うけれど、座敷童子スタイル……じゃなくて、着物……でもなく、寝間着で現れた六名さんは、ふくれっ面でみゃーちゃんを見ていた。
「別にずるくないにゃ。最近、テオと遊べてなかったから、みゃーが遊んであげるのにゃ」
「駄目。私が遊ぶ」
「知らないにゃー」
そう言って、テオを抱えたまま私の部屋に逃げ込むみゃーちゃんと、それを慌てて追いかける六名さん。
……咲野先生が悩んでいたことを、こうもあっさりとみゃーちゃんが解決してしまうと、咲野先生も先生としての威厳が、とか思ったのだけれど、とりあえず、それはさておき。
「小山さん…………?」
先に行った2人を追いかけるように歩き出そうとした私の最優先事項は、みゃーちゃんと六名さんの喧嘩の仲介をどうしよう、ということよりも振り返った先に居た、鬼の形相のクラス委員長をどう回避するかということだった。
結論として、回避方法は無かったのだけれど。
確かに対価として支払っても、とは言ったけれど本当に来るとは思ってなかった……。
……太田さんにこってり絞られた後、とぼとぼと部屋に戻ると、2人で仲良く? 喧嘩でもしていたのか、私のベットの上で疲れ果て眠っているみゃーちゃんと六名さんの姿があった。
その間にテオが挟まるようにして、これまた眠っていたから、子はかすがい……ならぬ猫はかすがい、とか思いつつ、写真に収めた。
……本当に、六名さんは同級生なんだよね……?
そんな疑問が頭を再度掠めたところで、
「ありゃりゃ? アタシがどう攻略しようか考えてたら、あっさり小山さんが連れ出しちゃった?」
いつの間にか背後に立っていた咲野先生が目を白黒させながら言った。
「あ、いえ、みゃーちゃんのお陰です。テオで釣ったというか……」
「なるほど、猫ちゃんで釣るって手があったのか」
あはは、と苦笑しながら咲野先生が笑う。
「でもまあ、この状態じゃあどっちにしても面談は無理そうだねえ」
「それはそうですね」
流石にここで起こすのも可哀想だと思う。
「んじゃ、アタシは帰るけど、小山さんも六名ちゃんと仲直りしときなよ」
「はい……はい? あれ?」




