第15時限目 図書のお時間 その22
「さて」
咲野先生の隣について、205号室。
階段上がって左手すぐの部屋の前に立った。
あ、ここって六名さんの部屋だったんだ。
うちの寮、部屋番号は書いてあるけれど、ネームプレートとかが部屋の入り口にあるわけではないから、ぱっと見では誰の部屋かは分からないんだよね。
「むーつーなーちゃーん!」
小学生か! とツッコミたくなるような咲野先生の声に呆れながらも、私は再度表情を引き締め直した。
知らなかったとはいえ、自分で地雷を踏んでしまった不始末は自分でつけるべき。
……そうは思いつつも、何を言えば良いのかは分からないけれど。
「むー、つー、なー、ちゃーん! ちょっとお話しようよー!」
再び子供が遊びに誘うような雰囲気の言葉を掛ける咲野先生に、再び頬が緩みそうになったけれど、ふんと力を入れて私は真面目な表情を作った。
……ただ、肝心の六名さんが出てくる様子はないし、声も動いている様子さえない。
「居ない……とかですか?」
流石に全く違う部屋だった、的な展開だったら笑いすら起こらないけれど。
「どうだろうねえ。綾里に聞いたら、お昼ごはんを部屋の前に置いてたら、ちゃんと食べてくれたらしいし、絶対とは言わないけど多分部屋に居るんじゃないかなあ?」
腕を組みながら、咲野先生がそんなことを言う。
でも、そうすると居留守ということになるわけで、つまり出てきて話をしたくないということに他ならないから、むしろそれはそれで困った話になる。
「うーん、これは長期戦になるかもしんないねえ。とりあえず、食堂行こっか。作戦会議しよ」
一体どうするべきか、と私が頭のギアをフル回転させようと思ったら、咲野先生はあっけらかんとそんなことを言って、階段を先に下りていってしまったから、空転したそのギアが私の瞼をぱちくりさせた。
え、そんなに簡単に引き下がって良いの……?
いちいち、部屋の前まで声を掛けに来たというのに、すぐに戻ってしまうというのは……一応声を掛けに来たよ、という体裁を整えるため?
おちゃらけた咲野先生……とはいえ、そんなことはしないと思うし、思いたい。
でも、何故?
食堂に戻ってくると、益田さんがコーヒーの準備をしてくれていた。
「おかえり。表情で大体分かるが……どうだ?」
「んー……これは手強そうだねえ」
そう言いつつも、あまり深刻な顔をしていない咲野先生が言う。
「そうか。丁度コーヒーも入ったし、飲むか?」
「おー、良いね。飲む飲む。あ、小山さんも飲む?」
「え、あ……は、はい」
咲野先生だけでなく、益田さんも大して驚く様子もなく、この状況を受け入れているから、私は唖然としてしまった。
もう少しくらい、こう……焦るというか、六名さんのことをもっと考えてあげた方が良いんじゃないの?
なのに、優雅にコーヒーとか……。
「あー、やっぱり綾里のコーヒー美味いわー。アタシの旦那になって、毎日入れてくんない?」
「御免蒙る」
「えー」
ゆるーい感じに話が進むから、私は居ても立っても居られなくなって、声を荒らげながら、あの! と言おうとして、
「ああ、すまない。小山さんはブラックでいいかな?」
とわざと被せるかのように、笑顔の益田さんが声を出すと、すぐさま咲野先生がノー! と手でストップを掛け、
「小山さんはミルクと砂糖入れてあげて! この大人っぽい感じあるのに、意外とおこちゃまだから、ブラックはあまり好きじゃないんだって」
と説明するから、
「む、それならカフェラテを作ろう。そのまま飲んでもおいしい牛乳が入ったところだったからな」
と言いつつ、益田さんが台所に引っ込んだ。
私が言葉を発しかけていたところで止められてしまったから、ありがとうと先に言うべきか、いやいややはり六名さんのことを言うべきか悩んでいたら、
「あー、もしかしてだけど。小山さんさ、アタシが六名ちゃんのこと、あっさり諦めたと思ってない?」
とあちあち言いながら、コーヒーをすする咲野先生がそう笑った。
「表情に出てるよ。めっちゃ眉間に皺寄ってる。結構小山さん、思ってること、顔に出やすいタイプだよね」
「……」
自分では見えないから多分だけれど、ちょっとだけむくれた顔で、私は無言でぺたぺたと顔を触った。
……そんなに分かりやすいのかな。
「まあ、そう思うのは仕方がないと思うし、六名ちゃん自身もそう思ってるかも」
笑顔、というには少し寂しげな咲野先生は続けた。
「でもさ、もし今すぐ六名ちゃんにどうにかしてでも会わなきゃいけないなら、鍵を無理やり開けて押し入るとかしないといけないわけでさ。それはそれで、むしろこじれるでしょ」
「それはそうかもしれないですが……でも!」
こんなのんびりしていて良い理由にはならない、はず。




