第15時限目 図書のお時間 その19
そんな私の様子を見て、慌てて言い直した六名さんの叔母さん。
「ああ、いえ……別に貴女の意見を否定をしたいというわけではなく。若人は自分の今の視野範囲だけでモノを考えがちですから、勿体ないと思ってのことです。もちろん、それが悪いとは言いませんが、案外思いも寄らないものに合っている可能性だってあるのです」
相変わらず淡々(たんたん)としているけれど、私でも何となく分かった。
今のは真面目に諭そうとしている表情。
「叔母さんみたいに?」
「……それではまるで、私が傍目から見たら全く合っていない仕事をしているように思われるではないですか。まあ、確かに見た目通りと言われたことは無いですが」
……だったのに六名さんがそんなことを言ったから態度は一変、六名さんを睥睨する叔母さん。
そんなことを言われる仕事って一体……?
非常に聞いてみたい衝動に駆られたけれど、まだ赤の他人に毛が生えた程度の知り合いだから聞くのはやめておこう。
「何にせよ、私も楽しいことを仕事にしたら、大変でした」
ただ、六名さんの叔母さんは、そうやって溜息混じりに言う割には、楽しそうな雰囲気を醸し出していたから、きっと今の仕事は好きなのだろう。
「遠い将来のことはもう少し悩んでからで良いでしょう。ただ、今のうちから少なくとも自分がやりたい方向性くらいは見極めておいた方が良いでしょうね」
「でも、まだ全然決まってない……」
ぶーたれる六名さんに対して、叔母さんのややお説教じみた話はもう少し続く。
「まあ、先程の忠告は安直に手段を夢に据えようとしたからです」
「手段……?」
「ええ。飛行機を操縦したいからパイロットになるとか、電車の運転がしたいから車掌になるとか。それが駄目とは言いませんし、それを夢にずっと仕事を続けられる心の強い人も居ます。そして、実際にその夢を叶えた人もたくさんいるでしょう。ただ、楽しいことでも毎日ずっと続くのですよ? 何十年とそれが続いても、変わらず楽しめるますか?」
「それは……」
正直分からない。
むしろ、それが分かっていれば――
「それが分かっていれば悩まないでしょう。ただ、私の経験上、それはとても大変なことです。好きなことでも”やらなくてはならない”という半ば強迫観念のようなものに晒されてしまうからです」
そういう、ものなのかな。
「だから、私は目的を夢にしてほしいと思います」
「目的?」
「そうです。身近な誰かを救いたい、誰に楽しいと思ってほしい、そういった目的を。そうすれば、きっとどこかで躓いても、手段を変えて、夢には向かえるはずです」
「……」
「まあ、抽象的ですし、何だかんだ言って、私自身楽しいことを仕事にして、続けていますからそれが正しいのかは良く分かりませんが」
やや諦めに近いけれど、今までよりは笑顔と言って差し支えない表情を、私に向ける六名さんの叔母さん。
まだ十分理解できていないことが多いし、わだかまりになっている感情も飲み込めていない。
ただ、見た目以上に……って六名さんの叔母さんということは大人なんだから当たり前なのだけれど、やっぱり人生の先輩なんだなあと思った。
だからといって、今思った通り言葉に出したら、絶対に怒られるから、私は自分の語彙の類語辞典から当たり障りのない言葉を引いて、
「全部はまだ理解できていないですが……勉強になりました、ありがとうございます」
と答えた。
そうすると、表情は笑顔と呼んでも良い表情になり、
「十分です。理解できなくても受け入れようとする気概、気に入りました。花乃亜と共にうちの子になりませんか」
などと、少し息荒く六名さんの叔母さんが言った。
ちなみに、六名さんはあまり話が飲み込めていないのか、うーん……? とまだ首をひねっている。
「え、ええ……? というか六名さん、叔母さんの子だったの? あ、いや、でも叔母さんだから子供ではなくて……養子?」
思わず口からそんな言葉が転げ落ちたから、慌てて口の中にしまい直したけれど、どうやらそもそも2人とも自分の世界に入っていたせいか、聞き逃してくれていたみたいだったから、いまのはなかったことにして、上書きするように私は六名さんに声を掛けた。
「あ、そうだ! 文系、理系に行くという話だけど、六名さんは苦手な教科とかある?」
「……」
ずーん、と急に重苦しくなる空気。
しまった、考えなしに話題を振ったけれど、これも地雷だった?
……いやまあ、普通に考えれば地雷の可能性大だったよね!
理系か文系か、どっちに進もうかなと悩んでいるのが「頭が良すぎて選びたい放題なんだよねー」みたいな人である可能性なんてほんの一握りくらいしか居ないだろうし、居たら居たですごいと思う。
もちろん、勉強は出来るが将来設計が苦手、という人も居ないわけではないと思うけれど、そこまで頭が良い人ならば、ちょっとしたきっかけで上手くやっていけるだろうし。
まあ、とどのつまり、完全に私が地雷を踏み抜いたよね、という話。




