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あー・ゆー・れでぃ?!  作者: 文化 右


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第15時限目 図書のお時間 その18

 有意義かどうかはさだかではないけれど、それなりに衝撃しょうげきの事実を知った私だった。


 それはさておき、六名むつなさんがシャーペンを持ってきて、進路希望面談用の資料に文字を書き入れていたのをちらりと見た私は、書いている内容を見てはいけないだろうと視線をそらした。


 ただ、手持ち無沙汰ぶさただからと言って不躾ぶしつけに部屋の中を見るのも何だし……と思ったから、私はスマホのロックを解除して、コミューに配信されているニュースを見ていたら、


「小山さんの将来の夢は、何ですか?」


 と聞こえて、私は慌てて声の主を探そうとしたけれど……探すまでもなく、六名さんだった。


 そもそも六名さんの叔母おばさんは席を立っているから、今この部屋には私と六名さんしか居ないし。


 ただ、普段無口な六名さんが、さらさらと言葉を出したから、少しだけ面食らってしまった。


「……え、あ、夢?」


「夢」


「え、ええっと……まだ、実ははっきりしていなくて。どちらかというと理系科目が好きだからということと、両親どちらもが理系だから、私もそうなるのかなっていう漠然ばくぜんとした考えだけで理系かな、なんて何となく思っています。ただ、本当に合ってるのかって思いはずっと前からあって……」


 私のまとまらない言葉に、


「……何となくでも、あるのはうらやましいです」


 と六名さんが少しだけねたみたいな声を出した。


 六名さんがやや饒舌じょうぜつなのは、この家が六名さんにとって居心地の良い、心の許せる空間だからなのか、それとも私に心を開いてくれたからなのか……それとも、やっぱり太田さんが居ないからなのか。


 本心は本人に聞いてみなければ分からないけれど、六名さんはもう少し言葉を続けてくれるようだった。


「私は全然ないです。だから、羨ましいです」


「羨ましい……のかな」


「何か決まっていれば、やらなくちゃいけないことは分かるから、です」


 うん、六名さんが言いたいことは良く分かる。


 目的地自体が正しいかはさておき、目的地があればそこに辿たどり着くためにやらなければならないことは何となく分かる。


 ただ、そもそも目的地が決まっていない人にとっては、どこを目的地にすればいいか分からないから、地図を広げられてどこかしらに行け! と言われても、どこに行けばいいの? となってしまう。


 そういう意味では、進路についてはあまり何も考えていなかった私は恵まれていた……のかな?


 まあ、今はまだ「右に行きますか、左に行きますか」程度の問いに答えただけだから、目的地を決めるというには程遠いのだけれど。


花乃亜かのあはまだ何をしたいか、決まっていないのですか」


 お茶を入れ直してくれたらしい、六名さんの叔母おばさんがお盆に急須きゅうす湯呑ゆのみをまた載せて戻ってきた。


 家の表札から静野さんであることはほぼ間違いないのだけれど、間違っていたら色々と面倒になると思うから、申し訳ないけれど叔母さんとしておこう。


「……うん」


「しかし、もう3年生でしょう? 確かに、昔と違って理系文系のような分け方をせず、全員がほぼ同等の教育を受けるようになって久しいですが、今更悩んでいては遅すぎるでは? 最低でも昔の制度の文系と理系くらいは決めていてしかるべきです」


 丁寧な言葉ではあるけれど、言っている内容も厳しければ、淡々(たんたん)とそう言う静野さんの口調もキツく聞こえて、隣で聞いている私でもぐさぐさと刺さる。


 とげのある言葉の矢面やおもてに立たされている六名さんは、やっぱり心に刺さるものがあるのか、


「……でも、何がしたいか、分からないから……」


 と言いながら、ソファに置いてあったクッションを抱えた。


「何か好きなものは無いのですか?」


「好きなもの……ない」


「やりたいことも?」


「……ない」


 はあ、と溜息を吐く叔母さんだったけれど、


「確かに、花乃亜が何かをしたいと自己主張することはほとんど無いですからね……。ただ、このままでは何気なく卒業してしまいます。そういう意味では、担任が考えたこの面談用シートというのは、今花乃亜に必要なものですね」


 と言いながら、視線を六名さんの手元の紙に落とした。


 ただ、私は六名さんの回答に少し疑問があった。


 六名さんの好きなもの……?


「あ、猫」


「え? 部屋の中にですか?」


 静野さんと六名さんがほぼ同時にぴくん! と過剰反応して、部屋の中を見回した。


「あ、あの、すみません。部屋の中に、ではなくて」


 というか、今の反応……もしかすると、叔母さんも猫が好きなのかな?


「では一体?」


 ちょっと期待してしまった反動なのか、それともちょっとそわそわしてしまった姿を見られたのが恥ずかしかったのか、じとり、と私を見た叔母さんに答えた。


「いえ、あの、六名さんは猫が好きみたいなので、それに関わるお仕事とかいいかなと思って」


「……猫、猫」


 六名さんが、クッションを抱きしめたまま、私の言葉を反芻はんすうする。


「ああ、確かに。買い物で猫に遭遇そうぐうすると、すぐに気を取られてふらふらと追いかけたりしますからね」


 あ、やっぱりそうなんだ。


 だったら、なおのこと良いかもしれない。


「動物病院の先生とかでも良いと思いますし、ペットトリマーとかで毛を整えてあげるお仕事でもいいかもしれないです。そうすれば猫ちゃん……だけではないかもしれないけれど、猫ちゃんと会える確率は高くなるかなと」


「確かに」


 私の言っていることはかなりアバウトだから、まだ輪郭りんかくが見えただけかもしれない。


 それでも、さっきまで強張こわばった表情だった六名さんの表情がゆるんだ。


 良かった……と思ったのもつかの間。


「ふむ、そういう視点も良いでしょう。ただ、昔から好きなものを仕事にするなとも良く言います。単純に好きなものに近づけるという安易あんいな考え方は良くないかと」


「うっ……、そ、そうですね……」


 ぴしゃん、と言われて私は萎縮いしゅくした。


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