第3時限目 日常のお時間 その6
「それで、えっと、いいものって何?」
「こっちに来るにゃ」
ずんずんと奥に歩いて行くみゃーちゃんを後ろから見ていると、足元の機械をぴょんぴょんと器用に避けながら――
「あうっ」
――全然器用ではなかった。飛び越えた気になったみゃーちゃんは爪先を引っ掛け、ゴッ! という音と共に機械の海に沈んだ。まあ、そんな気はしたけれど。
「大丈夫?」
「ふ、ふんっ、大丈夫にゃ……」
鼻先、おでこの順に擦りながら、みゃーちゃんは分割監視カメラ画面の前に置かれている机の傍に立つ。
「準にこれをやるにゃ」
「ん?」
相変わらず暗い部屋だから、手元があまり良く見えないけれど、手渡されたものは2つ。1つはハンドクリームみたいな円柱状の容器。そしてもう1つは少しだけひんやりとしたむにむにと柔らかい団子みたいな何か。例えるならば人肌みたいな柔らかさ。もちもちしているというか。これは――
「水まんじゅう?」
「食いしん坊にゃ」
「いや、だって暗くて良く分からないのだけど……」
「はぁ……全く面倒にゃぁ」
溜息を全力で吐き出しながら言って、みゃーちゃんはまた足元の機械を避けつつ、
「こっちに来いにゃ」
昨日、みゃーちゃんを起こしに行ったベッドのある部屋に入っていった。私も慌ててそれを追いかける。入り口と同様、こちらも自動ドアのようだから、急いで付いていかないと締め出しを食らうかもしれないし。
私は手元に何かむにょむにょしたものを持ちながら、みゃーちゃんの寝室と思われる部屋に入る。
「全く、本来こっちの部屋はみゃーとノワール以外入れないようにしているのににゃぁ」
「そうなの?」
「そうにゃ。でも、もう準には1度入られたから今更にゃ。どうでもいいにゃ」
ふんす、とみゃーちゃんは明後日の方を見ながら鼻息を荒くしているけれど、本気で嫌がっているとか腹を立てているというよりは、単純にちょっと拗ねているだけの様子だった。だから頭を撫でてあげようと近づいたら、即座に私の行動を察知したか、
「撫でさせてやらないにゃ!」
みゃーちゃんは私を一瞥してからぴょいーん、と飛び退ってベッドの上に退避する。うーん、まだ距離があるなあ。もっと仲良くなりたいのだけど。
……そういえば、仲良くなるといえば。
「そういえば、みゃーちゃんは何か好きなお菓子とかあるの?」
「お菓子? ふん、別に無いにゃ」
「咲野先生がお菓子でみゃーちゃんを釣ったって言ってたから、何が好きなのかなって」
「釣られてないにゃ。単純に必要がない内容は報告していないだけにゃ。理事長からカメラの映像を見せろと言われたときは全部見せてるにゃ」
「そうなんだ」
咲野先生、手球に取られてたのね。まあ、みゃーちゃんがそんな殊勝な子だとは思っていなかったけれど。
……いや、殊勝とか言ってみたけれど、そもそも咲野先生が勝手にトイレの窓を開けっ放しにして侵入したりするし、明らかに咲野先生の方が悪いよね。
「でも、どうしても持ってきたいというなら、いちご大福なら食べてやるにゃ」
「……」
「…………な、なんにゃ」
「んーん、別に」
うん、やっぱり子供で良かった、とちょっとだけ素直に思った。
「それよりもさっさとそれを着けるにゃ」
「着ける?」
手元にある謎の物体は、明るい部屋に入ってきて肌色だということが分かった。でも、肝心の"何なのか"ということは手元で団子状になったままなので良く分からない。やっぱり茶色の水まんじゅう?
「何なのかな、これ?」
「準専用女の子変身キットにゃ」
「おん……えっと、何て?」
「だから、女の子変身キットにゃ」
「…………?????」
久しぶりに脳内が疑問符の大量受注を受けて、しばし休眠中だった疑問符生産工場がフル稼働を始めたくらいに疑問符まみれになってしまった。疑問符生産部長さんが「もう作れませぇぇぇぇぇん!」って叫んでるくらい。
女の子変身キット? ナニソレイミワカラナイデスヨ。
「貸してみるにゃ」
みゃーちゃんは私から謎の柔らかい物体を受け取って説明してくれた。
「まず服を脱ぐにゃ、言っとくけど別に準の裸が見たい訳じゃないにゃ」
「む」
突っ込もうと思った内容を間髪入れずに先回りしてみゃーちゃんが続けた。流石にワンパターン過ぎたかな?
仕方がないから素直に上を脱ぐと、すぐ右胸に少しまだひんやりしたさっきの肌色水まんじゅうみたいなものが押し付けられた。
「ひゃん!」
「変な声出すにゃ。……こうやって、丸いのは胸に付けるにゃ」
「胸に?」
「そうにゃ。まあ、つまり胸パッドにゃ」
「胸パッド? …………ああ、なるほど」
胸元に視線を落とすと、なるほど確かに底上げされている。女の子変身キットという言葉の意味がようやく掴めてきた。
「ようやく分かったかにゃ」
「うん」
「この胸パッドは内側にこっちのクリームを付けて、肌に貼り付けてやれば水に濡れても引っ張っても簡単には剥がれない優れものにゃ。通気性は若干難ありだから、ちょっとだけ蒸れるかもしれないにゃ」
みゃーちゃんは1度私の胸に当てたパッドを外すと、その内側に円柱状の容器を開けて中からパッドとほぼ同じ肌色のクリームを取り出して十分塗って、再度私の胸に当てた。なんとか声を我慢しながら自分の胸元を見ると、右胸だけ控えめな女性くらいのサイズになっていた。
「後は継ぎ目の部分にも十分クリームを塗ってしばらくすれば、ほとんど分からないはずにゃ」
更にクリームを取り出して、みゃーちゃんが私の右胸に貼ったパッドの隙間をクリームでしっかりと埋めていくと、確かにほとんど私の肌の境目と差が分からなくなった。
「凄いね、これ」
「当たり前にゃ。取り外すときは少し熱い40度くらいのお湯にしばらく漬けておけば剥がせるようになるにゃ。まあつまり、毎日お風呂に入ったら勝手に外れるにゃ。だからお風呂から上がったら、ちゃんとクリームを持って行って、脱衣所で貼り直してから戻るにゃ」
他の女の子と一緒にお風呂に入っているタイミングで外れたら困るけれど、そもそも他の女の子と一緒に入っている時点である意味で人生終了だろうから、問題ないということかな。いや、人生終了という最大の問題はあるけどね!




